「スペイン語の世界」の中のチャバカノ語

日本語の文献でチャバカノ語への言及を見ることは非常に少なく、特に学者が書くものはほぼないといってよい。長崎県立大学の荻原寛名誉教授は研究対象にチャバカノ語も含めているようだが、ネットで見られる論考はイスパニカに掲載されている「マニラ湾沿岸部のスペイン語系クレオールをめぐって」(1995)ぐらいしかない。

そんな状況の中、今年出版されたスペイン語関係の一般書を読んでいたらチャバカノ語について紹介されているページがあったので引用してみる。

「スペイン語の世界」岡本信照(2018)慶応義塾大学出版会

スペイン語の世界
スペイン語の世界

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岡本 信照
慶應義塾大学出版会
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91-92p

フィリピンのチャバカーノ(スペイン語xタガログ語/セブアノ語)
 東南アジアにもスペイン語が存在する。その地はフィリピンである。チャバカーノ(Chabacano)とは、スペイン語とフィリピン現地語のいくつかとの接触言語の名称である。チャバカーノ語話者が最も多いのはミンダナオ島のサンボアンガという都市で、約50万人のネイティブ話者がいると推定される。農村部へ行けば、チャバカーノのモノリンガルも存在するという。ただし、最近は衰退の一途にあり、ミンダナオ島にも標準フィリピン語(タガログ語)が普及しつつある。その他、ルソン島マニラ湾沿岸の都市カビテでも話されているが、サンボアンガの変種とは異なる。例えば、語彙構成に関して言えば、カビテ方言はスペイン語起源のものが93%を超えるのに対し、サンボアンガ方言は86%とやや少なくなる。つまり、タガログ語やセブアノ語といった現地語由来の語彙の割合は、サンボアンガ方言の方がやや高い。
 ”chabacano”という語は本来「下品な」を意味するマイナス・イメージを帯びた形容詞である。それゆえ、その由来においてはあまり名誉ある名称とは言えないが、フィリピンにおけるクレオール・スペイン語の言語名として今や市民権を得ている。
 このクレオール語がいつどこで発生したかについては諸説がある。1つは、17世紀に香料諸島のテルナテ島(現インドネシア領)で発生したという説だ。ここは、香辛料の商取引をめぐってスペイン、ポルトガル、オランダが争った場所である。16~17世紀の東アジア海域では通商の共通語としてポルトガル語とマレー語が用いられており、やがてこの2言語が混淆したピジンが産み出され、ポルトガル人のみならず、オランダ人や英国人も用いたという。このポルトガル語基盤のピジンがさらにスペイン語と接触した結果がチャバカーノの萌芽であり、17世紀半ばにテルナテ島に住んでいたスペイン語(=チャバカーノ)話者がマニラに移り住むようになってからフィリピンで広めたというのだ。この説の支持者は、サンボアンガ方言を後の18世紀になってから派生した変種と位置づける。つまり、チャバカーノ諸方言一元論を唱えているわけである。2つ目は、18世紀のミンダナオ島に起源を求める説である。1718年、スペインは一度放棄したことがあるサンボアンガをふたたび占領した。この時期、この土地の先住民は不完全ながらもスペイン語を話すようになり、これがチャバカーノの始まりだという。こちらの説に賛同する専門家は、ミンダナオ島の方言とルソン島の方言はそれぞれ別の過程を経て確立したとする多元論で説明しようとする。

岡本が自分で調査して93%やら86%といった具体的な数字を挙げているとは思えないので、誰かの研究成果の孫引きなのではないかと思う。本書は2018年の作だが、上で言及したイスパニカ掲載の荻原の論考と比べてみて、その起源の探求について特に進んだ点は感じられない。

気になるのは、「最近は衰退の一途にあり」というくだり。一直線に衰退しているような書き方だが、カビテやテルナテの変種はともかく、サンボアンガのチャバカノ語についていえば話者数が数十万おり、当地の小学校の母語言語としてカリキュラムにも入っているところからすると、乱暴な言い方だと思われる。フィリピン語(タガログ語)は普及しており、もはやチャバカノ語モノリンガルの人は若い人にはいないが、サンボアンガでは、今後国から禁止されでもしない限り容易には話者は減っていかないと思う。

(おまけ)
参考までに、アキノ政権下で導入された、現行の「母語を基礎とした多言語教育(MTB-MLE)」の資料(英語)をいくつかリンクしておく。

https://www.philstar.com/headlines/2013/07/13/964902/deped-using-seven-more-dialects-under-k-12