わたしの外国語学習法

いろんな外国語学習法の本を読んできたけど、これが一番面白かった気がする。

「わたしの外国語学習法」 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2000/3

わたしの外国語学習法 (ちくま学芸文庫)
ロンブ カトー
筑摩書房
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著者は、ハンガリーを出ずにロシア語を皮切りに数々の言語を習得していった。その方法論は、途上国の人が実践しているものだ。とにかく、観光客をつかまえて練習する。これが基本。

日本でも最近は外国人観光客がかなり増えているので、大都市に住んでいる人なら実践するチャンスがかなりある。ただ、現代日本人の若者一般に言えるのは、知らない人と話さないということ。隣に人がいても平気で遠くの友人とチャットをしていたりする。これは外国語学習にとっては良くない兆候。

思うに、途上国を旅行していればかなりそういう態度は改まってくるので、旅に出るのはそういう意味でもいい投資だと思う。

俺も先日、東京で電車に乗っているときにたまたまタイ人が隣にいたので話しかけてみて、とっても良い練習になった。そのとき気付いたことが2つある。

ひとつは、自分から話しかけるためにはそれなりに基礎ができているという自信がなければいけない。でないと、会話が続かない。

もうひとつは、きっかけがいる。俺の場合はタイ語の単語帳を持って勉強していて、それを隣のタイ人も見たから話しかけることにしたのだった。こちらは一人、相手は2人とかいうのが良いだろう。通りで道を尋ねるときもそうだが、相手が一人だと警戒されるかもしれない。

ロンブ・カトーも、やはりそういうシチュエーションで話しかけていたのではなかろうか。そんな気がした。

ところで、本書ではもうひとつのユニークな学習法が中心にあるのだが、それが外国語学習の最初から小説を読もうとする、というもの。「ダーリンは外国人」のトニーなんかはこのやり方はうまくいかんだろう、と言っているが、俺は一理あると考えている。言語に潜む法則性を暴いてやろうという知的探求心を伴う学習は、教科書に書かれている文法の丸暗記なんかよりよっぽど記憶にひっかかると思うからだ。

試しに、教科書が出てないような言語を勉強してみると良い。少数言語や、いわゆる方言というようなタイプの言葉とかだ。俺はフィリピンでチャバカノ語やセブアノ語をやってみたけど、自分で教科書を作ってやるぐらいの勢いでルール解明に全力を挙げていたときはたしかに楽しかった。チャバカノ語にいたっては、英語の論文とかも読んでいたものだ。

そんなわけで、参考書なんか使わないある意味原始的なやり方が、実は効率性という面では大差ないということは十分にありうると思う。問題は、そういった勉強法を実践できる人はかなり限られているということで、「教えられる」ことに慣れているような人たちにはちょっと難しいんだろう。学習の主語は自分である。そして大人になってから言語を学ぶということは、自分が主体にならなければ無理だと俺は思う。「教育される」のではなく、「学習する」べき。

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多言語学習のコツ

ときどき書いている多言語学習のアドバイスシリーズ。

自分の中では、どの言語もマスターしているわけではないし、アドバイスするほどじゃないと思ったりもするのだけれど、最近周りからコツを聞かれることが2,3回あったので、その際の答えを備忘録的に残しておこうと思いました。まあ、どれも単純なことですが。

1) 目標を持つ
言語を何のために勉強するのか(=どの程度までできるようになりたいのか)、というゴール設定と、自分をモチベートするための短期的な目標を設定すること(その言語が話されている国に旅行に行く、とか)。

2) 悔しさをバネにする
心のなかでなにか目標を設定しないと「失敗」することはないわけなので、上記(1)とも関連していますが、うまくできなかったらそれをバネに勉強に励みましょう。これもモチベーション維持の方法ですよね。

3) 頭にアンテナを立てる
前にも書きましたが、自己チェック能力が働いていないと、自己修正できません。自分が話している内容がこれでいいのか、常にチェックする姿勢が必要です。間違った文法でずっと話し続けていて「化石化」している人を中級者で見かけますので、反面教師としましょう。

4) 好きな言語を学ぶ
相性も大事。

5) 既に習得している言語と同じ語族の言語は習得が早い
言語によって難易度が違います。日本語を母語にしている人だったら、韓国語、中国語、インドネシア語あたりが言語的にはもっとも簡単なはず。エスペラントは、使う機会もなかなかないのでそれほど習得しやすいとは思えません。

ということで、以上の5つを考慮して決めた方がいいと思います。言語は外国語をはじめて学ぶときが一番むずかしいですが、第二、第三となるにつれて簡単になっていきます。そして5番目、6番目ともなれば、もう何番目とか何カ国とかどうでもよくなりますよ。

スカイプレッスンの上手、下手

私のスカイプレッスンとのなれそめ(?)。

私がはじめてスカイプレッスンを受けてみたのが一年半ぐらい前。「スパニッシモ」というサイトが出始めたぐらいの時期で、無料体験レッスンだけやってみたのでした。当時、スペイン語は話せるレベルではなかったので、かなり始めるときけっこう緊張しました。というのも、グアテマラの先生は日本語はもちろん、英語もどうせできないだろう、と思っていたからです。

結果的にはなんとなくでき、その後しばらく経ってから”italki.com”でチャバカノ語を習い始めることにしました。まさかオンライン会話に自分のお金を使って取り組むことになるとは、はじめたときには思ってませんでした。

ところで、オンラインレッスンは基本的にビデオチャットでやるのですが、そもそも私はスカイプ通話でビデオを使う習慣自体があまりありませんでした。友人同士で話すときにビデオを使うとちょっと照れる感じとか、おそらく「今の若者」にはわからないでしょうね。とはいえ、それも慣れです。

今や私もオンライン会話講師になり、教える側としては相手の反応やら間をみるのに、ビデオがあった方がいいと思っています。俺が教えている生徒(外国人)は7割ぐらいしかカメラ使ってないのだけどね。

ちなみに、彼らはほとんど復習もしてない感じです。ひとえに俺のレッスンのレートが安いからなんだろうか。ようやく、ここ一ヶ月ほどまじめに取り組んでみた結果として、そろそろ自分の設定レートを上げることにしました。「今まではキャンペーン中だった」というのが自分の中での割り切りですが、果たして生徒たちはついてくるだろうか。。

さて、教えると同時に自分もいくつかの言語を習っているんですが、ユーザーとしてやっているうちに、だんだんスカイプレッスンの上手、下手がわかるようになったきたと思います。もちろん、相性っていうのもありますが。

たとえば、一方的に講義をする傾向の先生は、私は嫌です。せっかくマンツーマンなのに、生徒に発話させないとはけしからんと思います。思うだけじゃなくてレッスン中にそれを伝えればよい、というのは正論ですが、そもそもそういう傾向の先生は次回からおさらばしますから、注文をつけようという気にもなりません。

あと、こっちの言いたいことを素早く察知してくれる先生は、非常にストレスなく勉強できます。こちらは勉強の身なので言葉での表現がどうしても下手。だから先生がよく気がつく人だと、本当にありがたいです。

最後に、ちゃんと準備してくれる先生というのは好感がもてます。もしくは、準備はあんまりなくてもレッスンの中身が体系立って教えられる人。一般的に途上国の先生と先進国の先生の違いはそこだと思いますが、でも途上国の先生にも準備をしてくれる先生はいます。そういう人になら喜んでお金を払いたい。

というわけで、自分が習うときの経験を、教えるときに活かしていきたいと思います。今日から、スペイン語オンリーで日本語をイチから教える授業も始めましたが、こうして書きながら振り返ってみると、この一年半でいろんなことがすっかり変わったなぁ、と感じます。果たして、俺は波に乗っていると言えるだろうかなぁ。