「多文化共生」について思う

エクアドルで障がいのある子どもに音楽を教える仕事を始めるにあたり、障害学を(自分で)勉強した。その途中で、日本の「多文化共生」とその施策について思うことがかなり出てきたので書いておきたい。

まずはじめに、「多文化共生」とはスローガンであって、政治的な単語・用語であるということ。そして、ユニークなのはこの語は欧米の用語の翻訳ではなくて、日本の行政が独自に生み出したものであって、その点では「ふれあい」、「国際交流」などに通じるということ。日本の大学が出している論文では、語源についてグダグダ語っているものも多いが、そんなことに実際上なんの意味があるのかわからない。というか、、「多文化共生」に関してはもちろん(日本の)学界はその業界に寄生しているだけにしか見えない。

というのは、「多文化共生」の中の「文化」を定義する際に、なんの「文化」を対象とするのかについて、結局のところ行政に追随して「国の文化」だけにとどまっているからだ。そもそも、欧米では「多文化共生」のかわりに移民(もちろん難民も含む)の「社会的統合」とか「インクルージョン」とか言う概念で考えられているが、これは移民のために特別に設けられた用語ではなく、女性や障がい者等の社会的弱者に対しても適用できる概念だ。ところが日本では、そもそもマイノリティの権利向上に対する意識が一般的に欠如しているので、この関連に発想が向いていかない。

結局のところ、「多文化共生」を外国人の問題としてしか認識できないところに日本社会の未熟さがあるのだと思う。概念的には70年代から女性学(ジェンダー学)や障害学、それからおそらく黒人学(afro-american studies)も指摘しているように、問題はマジョリティ社会の中にあるのは明らかなはずなのだ。左記のような海外で発達した知見を、日本の大学は一般社会に対して広めていない。これを怠慢と言わずしてなんというのだろうか。

「多文化共生」の政治は、行政(ということはそれを支えている一般社会の言説)によって、彼ら=マジョリティに都合のよいように行われてきた。第一の特徴は上で指摘したように「多文化共生」がことさら外国人に特有なテーマのように語られることによって、女性や障がい者等の他のマイノリティから政治的に分断されているという点である。日本の大学は、この政治にマジョリティ側としてコミットしている。この点はいくら批判してもし過ぎることはない。

この現状に対する打開策として、私は「多文化共生」を「文化」の再定義を提案したい。その文化は一体誰の文化なのか、ということ。

これまではその定義を「国の文化」とすることによって、日本で育った外国人(たとえば、在日)やダブル(=ハーフ)、海外の日系コロニアで暮らしていた日系外国人をアイデンティティの危機に陥れる罠として作用している。次に、手話を話すろう者の「ろう文化」も多文化から排除されてきている。これらもやはりマジョリティが提唱する「多文化共生」の政治の結果にほかならない。この調子で、文化を下位集団的なもの、さらに個人的なものとして再定義していくことで、「多文化共生」は全員にとって関係のある問題になる。一見矛盾するようだが、「みんながマイノリティになる」わけだ。

「多文化共生」は政治なので、マイノリティからの働きかけで変容させなければ、マイノリティに配慮した政策は引き出せないと思われる。そして、日本では外国人には参政権がないので、外国人自身がいくら動いても、政府は動かない。ということは、女性や障がい者等の他のマイノリティと連帯しないといけないのだが、これまでは上記のような論法でもってマイノリティ同士が心理的に分断されることで抑圧されてきている。わたしは外国人の地方参政権に賛成するのだが、この権利を、かつて自分たちも参政権がなかった人たちが同じマイノリティだった者として応援できなければ実現することはないだろうと思う。それは、「直接国税を15円以上納めている満25歳以上の男性」以外の者だし、さらにさかのぼれば幕府の施政者以外の者全員なのだが、果たしてそこまでの共感力を育てられるほどシビルソサエティが発達するのはいつのことだろうか。

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ろう者はストレンジャー

私にとっての「多文化共生」を考える。多文化教育的なものを専門にしてきたからには、こだわりがあるのは当然です。

「多文化」共生というのがなぜ「多国籍」とか「多民族」ではないのか。それはやはり、同じ国民同士、民族同士でもいろんな文化があるからであり、ましてや民族、国籍が違うならなおさらだ、という発想が基になっていると私は思う。

というのは、実は当たり前のことなんだけど、どうしてこれが今まで一般に受け入れられないのか。政治的な敗北以外が一番で、次に脳みそがついていってないというのが大きな理由だと思う。マイノリティに共感できないというか、しようとしない人がとても多いのが現状。福祉施策とか事業というのは、それなしに成功しようがないと思いますが。

たとえば単一民族観。たとえば帰国子女。そして障がい者や、DVなどのサバイバーとかいろいろ。最近は、キレる若者ならぬ、暴走系老人というカテゴリーもあるそうです。私たちのまわりには、いろんな人がいます。

さて、そんなことを考える直接のきっかけになったのがこの本。

「日本手話とろう文化 ろう者はストレンジャー」木村晴美(2007)

日本手話とろう文化―ろう者はストレンジャー
木村 晴美
生活書院
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著者はろう者で、両親もろう者の家庭で育った。手話キャスター等をしているそうです。

この本の副題にもありますが、「ろう」というのはたいていの人(ろうとの対比では、聴こえる人を「聴者」といいます)にとって「ストレンジャー」。見た目はとにかく、中身が相当違う。聴者とは、行動様式がかなり違う。しかも彼らの日本語って、母語ではない(親から学ばないので)。

そんなわけで、この本も著者の第二言語である日本語で書かれている。ネイティブと同じぐらい流暢なので、読んでもそのことを意識することはないが、ときどき思い出したようなタイミングで記述の中で触れられ、ハッとする。ちょうど日本で10代を過ごした外国出身の人が話すときのように、相手の言葉が出来過ぎると、ついついそれが相手にとって第二言語だということを忘れてしまう。そして、文法は正確なのに、意味の部分でミスコミュニケーションが起きたりするのだ。

本書の中で、著者は何度も「ろう者の手話こそがネイティブの文法なのだ」と言っている。たとえばこんなことを英語話者が言っているなら、懐が小さいやつめ、と思ってしまうのだが、手話話者がこれまで置かれてきた立場を考えれば、機会を捉えてそう主張したくなる気持ちはわかる。なんせ、手話はろう学校の中でさえ禁じられてきた言葉なのだから。

ところで、俺が以前フィリピンでアメリカ手話(ASL)を習ったときに、「なんだ、独自の文法って聞いてたのに英語と一緒じゃん」という感想を持ったのだが、これの理由が本書でようやく明らかになりました。どうやら、俺が習ってたのはアメリカ手話でなくて「英語対応手話」だったようです。そういえば、先生は聴者でした。しかも期末のテストは手話ダンスでした。よく考えてみれば、こんなの、ろう者とのコミュニケーションで使うはずないもんね。

ということで、今のフィリピンでの聴者への手話教育のレベルは、そんなもんなんですね。

外国人参政権について

新しい仕事は、順調。任されているプロジェクトは紆余曲折はありつつも長期的に見ればうまくいっていて、仕事自体も別にとくべつ忙しいとかいうこともなく、かといって暇でもなく、まあ申し分ない。

にもかかわらず、非常にだるい。俺って、仕事にエキサイティングな何かを求めているんだろうか。

さてさて、今の職場になってからずっと外国人向けのサービスをしているわけですが、最近ひとつの結論らしきものが出ました。

やはり、外国人参政権が必要だ、と。

外国人に参政権を与えずに多文化共生を云々するっていうのは、いわば女性に選挙権を与えないで男女共同参画とか言うぐらいの虚しさがある。

よそ者扱いする一方で、共生とかってよく言えるよね。

同じ町に一緒に住んでいる人に地方参政権を与えない根拠ってなんなんだろうか。

特に、在日の人って日本で生まれて一生日本で暮らす人もいるわけで、そんな人たちの声を反映しない政治って原理原則からいって間違っていると思うわけです。ニューカマーだって、永住者とか定住者とか配偶者の在留資格がかなりの割合を占めていて、日本の総人口の1.5%(ようするに外国人登録の3/4)ぐらいは以上の4者だったはず。

これまで帰化を促す目的で参政権を与えなかった、という言い訳もあろうが、結果的に今になっても何十万も在日がいる現実は、政策の失敗としかいえないんじゃないかと思う。特に、何十年かぐらい前までは帰化する際に、「日本人らしい苗字」を強制していたというから、これは全く嫌がらせ以外の何者でもない。

で、こうやって戦後に在日にまつわる問題を清算しなかったツケが今の状態であって、外国人参政権のことをやろう、というときに障害になってくる。結果的に韓国に先を越されてしまうぐらいの出遅れ感を持っているわけだ。

そんなわけで、外国人参政権の問題は、どうしても日本という国を支える差別意識を避けては語れないわけで、20代の私としては非常にダル~くなる。

この感覚、わかりますかね。

日本よ、もうちょっとがんばれ。