大東亜共栄圏と日本語

読書メモ。現在行われているタイプの外国人向けの日本語教育の走りの時代、戦前から戦中についての東南アジアおよび台湾についての本。フィリピンでの日本語教育の章もあるので、フィリピン本と言えなくもない。ちょっと歴史に興味がある人なら読んでみて損はないと思う。

「大東亜共栄圏と日本語」多仁安代(2000)

大東亜共栄圏と日本語
大東亜共栄圏と日本語

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多仁 安代
勁草書房
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本書は博士論文に加筆修正をしたものということだが、特に専門知識なくても読むのに不自由しない。ただ、内容は深くはない。筆者は明らかに東南アジアの言語に通じておらず、たとえばフィリピンのくだりでは日本語教師が初めての授業で緊張した面持ちの生徒の前で「私は河野です。」と自己紹介したところ爆笑になり、それから打ち解けた雰囲気になった、というようなことが書かれているが、この笑いの意味はタガログ語では「コウノ」によく似た「コニョ」が女性器の意味だから、現地人の生徒はつい笑ってしまったのだと思う。

実際にフィリピンで日本語教育に携わった経験のある私からすれば、下ネタ系がツボだったり、クラスでいきなり歌いだしたりとかするフィリピン人のノリというのは戦前から全然変わってないのだなぁと思わずにはおれない。もっと言えば、フィリピン人が外国語習得に非常に長けていると日本人教師が報告している点、また文法について英語で説明を聞かないと納得しないところも私が経験したのと同じだ。

この章では、フィリピン人が他の国と違って日本に対して非常に強い悪感情を持っていた理由についても非常にわかりやすく書かれている。当時、といっても1942年からの数年だけだが、日本語を勉強することがフィリピンでどんな意味を持っていたのか、本書を読んでみてわかったような気になった。

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「英語の帝国」とフィリピンと日本

フィリピンでは今や家庭で自分の子どもに英語で話しかけ、わざとタガログ語を教えない教育が中流以上で盛んだが、これはなにもフィリピンだけの話でなく、歴史的にスコットランドやウェールズでも起きていた、という。子どもの将来のために、庶民が自発的に伝統的な母語を捨てるいわゆる「自殺」は、英語の帝国の一部になる最終段階だということが、下の本によく書いてある。

「英語の帝国 ある島国の言語の1500年史」平田 雅博(2016)

英語の帝国 ある島国の言語の1500年史 (講談社選書メチエ)
平田 雅博
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言語の絶滅はいつの時代もゆっくり起きるもので、まずその言語だけを話す単一話者がいなくなり、(オランダ語などのように)他の言語との2言語話者となる時期があり、そしてそのうちに(アイヌ語のように)その言語を母語とする人がいなくなる。交代する理由はいつでも、より強い言語の方が有利だから。征服の結果としてある言語が禁じられることもあれば、恥ずかしくなって自主的に使わなくなる場合もあるだろうが、結局は強い言語に話者は流れている。上の本で英語の帝国のピークも既に去っている、という説も紹介されているように、英語もいつかはより強い言語に席を譲る日が来るかもしれない。それはさておき、、

フィリピンでの短期英語留学やオンライン英会話が増え始めた10年ぐらい前に、俺が批判的だった理由は「フィリピン人が自慢にしている英語は、しょせんアメリカの真似をした英語であって、フィリピン人が誇れるような文化ではない」ということだった。旧植民地のねじれたプライドみたいなもので、健全ではない、と思った。

しかしながら、上記の本を読む中でよくよく考えてみれば、帝国の言語=英語を学ぶという時点で日本人も十分ねじれたプライドを持っており、同類でしかなかった(本の中では旧植民地であるフィリピンと、日本では別のグループとして分類されているが)。健全とか健全でないとか、そんなものはないのだな、というのが読後の自分なりの結論となった。 

同様に、日本で子供に(自分が話せもしない)英語を習わせる風潮についても、歴史的にどこででも行われてきたわけであってとりわけ日本人の頭がおかしいわけではなく、さらには英語を学んだ結果、新しい世代が「美しい日本語」を話せなくなったとしても、それは次のレベルに進んでいっただけのこと。

フィリピンも日本も段階が違うだけで同じようなもんだ、と思えるようになったのが一番の収穫だった。

ミンダナオの戒厳令の年末までの延長が承認された件

本日7月22日、ミンダナオ全土に出されている戒厳令の年末までの延長がフィリピン上下院の合同特別会議にて賛成大多数(賛成261、反対18)で承認された。
今回は日本のメディアも取りあげている。

(参考記事)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM22H5A_S7A720C1EA3000/
http://www.asahi.com/articles/ASK7Q63QLK7QUHBI01Y.html

朝日新聞で、「民間人45人を含む578人が死亡。」と報道されている。昨日のrapplerの記事(参照)で読んだ限り、この中に100人の政府軍兵士も入っていて、一方テロリスト側の死者は425人。

上の日経の記事によれば、マラウィに残っているテロリスト側の勢力は70人程度となっている。

結局当初の目標であった戒厳令布告から60日以内にテロリスト(マウテグループとアブサヤフを中心とする連合)を当地から一掃することができず、かつミンダナオの他の地域ではNPA(共産ゲリラ)の動きも前より活発になっているようにさえ見える。おそらく、政府からの締め付けが強くなった分の反発にすぎないのだろうが、一般人からすると今まで事件のなかったところで事件が増えている、という印象ではなかろうか(そもそもマラウィ危機もあるいはしばらく前のボホール島の事件も、もし政府がバシランやスールーでの掃討作戦を強化していなかったら発生しなかったかもしれないが、「もし」の話はあまり意味がなさそうだ)。

ひとついいところは、最近はサンボアンガおよびスールー諸島の方では事件が起きていないようで、IS系過激派に関して言えば、マラウィに勢力が結集された分だけ周辺は静かになっていると言ってよさそうだ。

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フィリピン・ミンダナオ島マラウィ市でマウテグループと当局が交戦中

現在進行形のニュース。現在ミンダナオで有数の治安の悪さを誇る南ラナオ州の州都マラウィ市で、本日5月23日、ISISに忠誠を誓う反政府組織「マウテグループ」と当局(国軍+国家警察)が衝突、現在市内にて掃討作戦が続いている。CNNによれば、武装集団は15人が目撃され、その中にはアブサヤフのリーダー、イスニロン・ハピロンもいるという。

報道によれば、マウテグループは一時、公立病院(アマイ・パクパク・メディカルセンターを占拠していた。これまでに少なくとも国家警察官1名が死亡、5名が負傷している。また現在、マラウィ市立刑務所、ダンサラン大学、聖メアリー教会から火の手があがっているという。写真などは以下の英語記事ソースのサイトからみることができる。

(英語記事)
http://www.rappler.com/nation/170738-fires-marawi-city-maute-attack
http://www.rappler.com/nation/170739-marawi-dead-injured-maute-terror-attack
http://cnnphilippines.com/news/2017/05/23/marawi-city-clash.html
http://www.gmanetwork.com/news/news/regions/611834/maute-group-takes-over-marawi-hospital-soldier-hurt-in-firefight/story/
http://www.philstar.com/nation/2017/05/23/1702840/troops-maute-group-clash-marawi-city
https://newsinfo.inquirer.net/898777/many-flee-soldier-hurt-as-army-troops-clash-with-abus-maute-in-marawi

この衝突の顛末については、また明日時間があったらアップデートしたい。

(追記:日本時間の日付が変わって24日になった時点で、当局側の死亡は2名、負傷は8名)

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フィリピンで結婚して妻が日本行きビザをとるまでの手続きに手間取った話

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日本に一度も行ったことのないフィリピン人女性と結婚し、その後妻が日本の配偶者ビザをとって入国するまでの話。
フィリピンで結婚する方がスピード早いと聞いたのでやってみたが、結果、、本当に早かったのかよくわからない。詳細は以下で。

以下、こなした一連の手続きを順を追って振り返ってみる。必要書類のメモもつけるが、もし参考にする場合は自己責任でお願いします。ちなみに妻はフィリピンの地方出身です。

フィリピンで結婚する

必要な物1:日本人の独身証明
日本人の戸籍謄本、結婚相手のフィリピン人の出生証明をそろえて マニラ、セブ、ダバオの日本領事館で取得。マニラだと翌日受け取り。

必要な物2:フィリピン人の独身証明
PSA(旧NSO)=統計局で取得。即日取得できるが、朝早く行かないとかなり並ぶかもしれない。統計局自体は全国にある。

必要な物3:婚姻許可
市(町)役所に上記1,2の書類をそろえて申請したあと、10日(たしか)掲示して反対する人がいないか確認したあとに発行される。これはおそらくカトリックの伝統的なやり方。かつ、その間にバランガイホールで行われているセミナーに夫婦そろって参加して、受講証を入手しておかなければならない。このセミナー受講は法律で定められている要件だが、内容はない。講師はソーシャルワーカー。

必要なこと4:挙式(婚姻契約をする)の予約
普通は教会婚か市民婚(いわゆる”civil”)。市民婚の場合、裁判所でやるか式場を借りてやるかなどバリエーションがあるが、とにかく裁判官を予約しないとならない。婚姻契約時には証人(たしか2名以上)の署名が必要。また、新婦がかなり若い(18とか)場合は親の承諾も必要。

フィリピンでの結婚を日本に届け出る

必要なこと5:PSAに届ける
教会婚の場合はよくわからないが、市民婚では結婚した後に婚姻契約書=婚姻証明書を裁判官の事務所にとりに行って自分で役所だかPSAに持って行った。その後、PSAの方でデータベースに登録されるまでに2週間ぐらいかかった。

必要なこと6:PSAで婚姻証明書を発行してもらう(2通)
データベースに登録されていれば、即日で発行してもらえる。
この時点で、日本用の婚姻届を在フィリピン日本領事館に提出することも可能。ただしその場合は日本の戸籍に反映されるまでに2か月ぐらいかかるらしい。
どのみち下の手順を踏まないと日本で入管に提出する書類が整わないので、私は日本に帰って直接婚姻を届け出ることにした。

必要なこと7:婚姻届けをマニラのDFA(外務省)で認証(authentification)してもらう(1通または2通)
この外務省認証は赤いリボンがついているから別名レッドリボン(red ribbon)という名前。入管に出すときに必要な他、一部の日本の役所では婚姻届けに添付する婚姻証明書もレッドリボン付のものを要求される。なので2通あれば安心(ちなみに、婚姻届はどこの役所に出してもよいので、もしレッドリボンを要求されたら他の役所で届けを出すことにする、という選択肢もある。)

レッドリボンはマニラでしか発行してくれないので、地方に住んでいる場合はマニラに住む友人などを代理人とするか、あるいは業者(参照)に有料でやってもらうかしなければならない。本人が行くとエクスプレスで翌日受け取り。代理人でも本人が行くのと同じで早いが、委任状と認証してもらうPSA婚姻証明書を送らなければならない。業者に頼むと一週間から10日程度の時間がかかる。手続きについては、以下の英語ブログなどが参考になる。
http://momlene.com/dfa-authentication-procedure-in-s/
http://worldinmythoughts.blogspot.jp/2013/07/guide-for-dfa-authentication-of-your.html

必要なこと8:日本の役所で婚姻届けを出す。
PSA婚姻証明書(上述のように自治体によってはDFA認証=レッドリボンを求めるところもある)と出生証明(実際のところ必要な個人情報はすべて婚姻証明書に入っているので、自治体によってはいらないと言われる可能性もある。ちなみに出生証明はレッドリボン不要)を添付して提出。証人欄は空白でOK.
なお本籍地の役所以外で出す場合は、日本人の戸籍謄本も必要。

在留資格認定証明書(いわゆる”Eligibility”)の申請

必要なこと9:日本人配偶者が書類を作成し、管轄の入管に持参して提出(有料で行政書士に依頼することもできる)。
入管で指定されている書類として写真付き申請書や身元保証書、質問書、結婚相手の日本人の(非)課税証明、日本人の戸籍謄本(婚姻の事実が記載されるまでに数日~1週間かかる。その記載のない戸籍謄本の場合、婚姻届け受理証明書も添える。ただし、後日入管から連絡がきて、新しい戸籍謄本を送るように指示される可能性が高い)、フィリピン人の出生証明、レッドリボン付き婚姻証明書、スナップ写真に代表される交際を証明する諸々の書類を添付して提出。写真はいろいろな時期と場面がよさそう。また、交際の経緯は手書きである必要はないので「別紙参照」として、ワードで作成した。

交際を説明する添付書類は多ければ多いほどよい、という発想でいろいろ付ければよい。結婚相手の日本人の渡航歴証明のためのチケット控えや、居住していた証明として家賃や公共料金の領収証などなど、必要書類を「何のために添付するか」も明記してつけること。

また、申請前に海外にいたために(非)課税証明書が取得できない場合、銀行の預金残高(入管インフォメーションセンターでは残高証明書でなく通帳コピーでよいと言われた)、親の課税証明書、自分の内定証明書や在職証明書などを代わりにつける。とにかく、配偶者が日本に来た時に金銭的に困ることがないことを納得させられればよい。

申請者のパスポートが未取得の場合、申請書内のパスポート番号の欄は「なし」でよい。

パスポートの名前変更&配偶者セミナー

必要なこと10:フィリピン人配偶者が、マニラかセブでCFOのセミナーを受ける
在留資格認定証明書の申請をしている間に、配偶者であるフィリピン人はパスポート上の名前を変更したり、配偶者セミナーを受けたりしなければならない。
フィリピンでは女性が結婚したら姓が変わるが、男性は変わらない(男性のことについてはよくわからないので、もしかしたら例外はあるかもしれない)。

これまた法律により、海外に行く配偶者向けのセミナーが義務付けられている。ウェブサイト(cfo.gov.ph)で予約して、渡航前にマニラかセブでセミナーを受けておかなければならない。セミナーは半日程度。

また、結婚してからパスポートを新たに作る場合は、その際に上記セミナー受講証を見せないといけない。ちなみにパスポートを作るのは、エクスプレスで2週間程度
の時間が必要。

ビザ申請

在留資格認定証明書がとれたら、それをフィリピンに送り、ようやく在マニラ日本大使館でビザ申請。ビザ申請は大使館指定の旅行代理店を経由しないと受け付けない仕組みになっている。地方に住んでいる人はその旅行代理店にパスポートと在留資格認定証明書、申請書等を送らなければならない。ビザが出るまでの日数は10日程度といわれている(ただし私たちの場合は1カ月近くかかった)。

指定の旅行代理店は在フィリピン日本大使館のウェブサイトに一覧が載っている。老舗のひとつ「フレンドシップツアーズ」については本ブログ「マニラ岩崎さん殺害で容疑者を書類送検」および「マニラの岩崎さん殺害の犯人が逮捕されていた件」も参照されたい。

そしてようやく入国

上記のうんざりするような手続きと、結婚してから4か月程度の時間を経たのち、ようやく来日する準備がすべて整う。もし在留資格認定証明書かビザがおりなかったら、再び書類をそろえて申請するはめになるのでプラス3,4カ月見込まなければならない。

そのほか

・フィリピン人配偶者に未成年の連れ子がいる場合、一緒に在留資格認定証明書の申請ができる。その場合あわせて一件となるので、提出書類の共通している部分は省略できる。なお、連れ子は「定住者」として申請。
・先にビザ申請して日本に入国し、後で在留資格認定証明書申請を行って通れば日本国内で「日本人の配偶者等」在留資格に切り替え、という方法もあるらしい。とはいえ滞在期間中に在留資格認定証明書が出るとも限らないので、冒険ではある。また、このリンク先(参照)によれば短期からの切り替えは可能だが「正規の手続き」ではない、とある。

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ボホールにアブサヤフが侵入した事件のその後

4月11日に、ボホール島にアブサヤフが侵入し撃退された件のその後について。今日はオンラインメディア”Rappler”記事を中心にしたまとめです。

時系列に比較的大きな動きを並べていくと、まず22日に件の一味をボホールで誘導したとされるJoselito Melloriaが、追跡作戦中に他3名とともにボホールのクラリンで殺害された。

同22日にはアブサヤフ幹部であるレンレン・ドンゴン(参照)と共に、マリア・クリスティーナ・ノブレーザという国家警察官がクラリンへ行こうとして逮捕された。ここからがいかにもフィリピンらしいのだが、なんとノブレーザはそのアブサヤフ幹部と恋仲だという。知り合ったのは彼女が取り調べの担当になったときで、そこから交際が始まったとか。話が滅茶苦茶すぎて、日本人には理解不能である。

http://www.rappler.com/nation/167771-police-bohol-abu-sayyaf-rescue
http://www.philstar.com/headlines/2017/04/28/1694629/marwan-officiated-nobleza-wedding-abu-lover

このスキャンダルにはメディアもかなり食いついているようで、いろいろと過去も明らかになってきており、最近のニュースではノブレーザはドンゴンの「妻」(の一人)だと書かれている。ノブレーザは逮捕時にはダバオに配属されていたのだが、休暇をとってボホールに来ていたよう。そして、ボホールのパンラオにあるノブレーザの滞在先からは案の定、爆発物が見つかった。

5月に入ると、昨日4日に追跡されていた他のアブサヤフ構成員が一名、ボホール島内のトゥビゴンというところで逮捕された。逮捕というのは珍しい。
http://www.rappler.com/nation/168856-abu-sayyaf-member-captured-bohol

と思ったら、5日未明に、刑務所に連れて行かれる途中に脱走しようとしたところを一時間の追跡劇の末、射殺された。
http://www.rappler.com/nation/168920-abu-sayyaf-killed-bohol-saad-kiram

今回のボホール島への侵入事件で確認されているアブサヤフ構成員のうち、残るはあと2名となっている。

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マニラに出張で到着した日本人社長が、すぐに撃たれて亡くなった事件

デュテルテが就任してから9カ月。フィリピンの治安が良くなったようには到底思えない、またこんな事件。

「マニラで車に銃撃、愛知県の男性死亡 仕事で到着直後」2017年4月21日付
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170421-00000047-asahi-soci

フィリピンは、マニラがダントツに危ないです。マニラの中でも危ないエリアはわりと決まっていて、マニラ市をとりあえず避けておけばそれだけでかなり安全な旅ができます。もうひとつ言えば、ニノイアキノ国際空港の第一ターミナルも避けてほしい場所です。普通の国際線は第一ターミナルに到着してしまうのだけど、たしかANA、PALとセブパシフィック等は他のターミナルだったと思います。