サボンかハボンか

チャバカノ語や、タガログ語に入っているスペイン語、ポルトガル語について考えるときには、当時どんな言葉が使われていたのかを考えなくてはならない。
現代スペイン語や現代ポルトガル語とは違う場合があるはず、というか違うに違いない。ましてや中南米のスペイン語・ポルトガル語とはさらに差があるはずだ。

これを勉強していくのはけっこう大変。せっかく勉強しても、中途半端な知識は逆に邪魔になる。たとえば、接続法未来形は、植民地時代には既に会話では使用されていなかったらしい、とか。

しかしながら、これはこれで非常に興味深い。yahoo answerだったと思うのだが、一例を引用。

「*完了形のhe, has, haと未来形のé, ás, áと似ているのはどういう関係があるのですか?
*なぜ不定詞にhaberの活用形がくっつくことで未来形をあらわすのだろうと思った。どうしてこうなったですか?

→haber
は中世スペイン語では「持っている」という意味でした。そこ
で、たとえば、comer heならば「食べることを持っている」
→「食べることになっている」という意味になり、それが「食べるだろう」と
いう意味に変わりました。古いスペイン語(中世)では
comerとeが離れて書かれていることがありました。」

おもしろいですねー。これと、チャバカノ語の未然形に出てくる”ay” との関連は、たしかLipskiが指摘していたと思うけれども、どういうことなのか調べてみたい。

他には語彙の部分で、チャバカノ語には昔のスペイン語の名残じゃないかと思うものがいくつかある。
1) virar
俺の知っているスペイン語では”venir”で表すところに、チャバカノ語では”virar”が出てくる。今のスペイン語ではvirarは曲がるだと思うので、ちょっと意味が変わっているようだ。

2)サボンとハボン
俺の知っているスペイン語では石けんは”jabon”なのに、タガログ語では”sabon”。これも昔はsabonだったよう。

3)tapos(タガログ語)と apos(ポルトガル語)
これは偶然かもしれないが、「後」という意味の単語でtapos(タガログ語)と apos(ポルトガル語)が非常に似ている。もしかしたらスペイン語にも以前はaposがあったのではないか、これも調べてみたい。

そんな感じでスペイン語・ポルトガル語をもっとやれば、いろいろと見えてくる世界があると思う。あと一年、できるところまでこの2言語を勉強していきたい。

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チャバカノ語のロマン

例によってゆっくりブログを書く時間がないので、ささっとメモっぽく書きます。前から書こうと思っていたフィリピンのチャバカノ語の話。

日本語だと、ネット上ではさわりの部分しか書かれていない。本当におもしろい(と俺が思っている)ところを誰も書いていない、というのが不満です。ま、俺が独り占めできるみたいな気分がしてそれはそれでよいのだけれど。

たとえば、地球の歩き方他では、チャバカノ語はスペイン語のクレオールだと書いてある。が、事態はもっと複雑である。
また、チャバカノ語はサンボアンガで話されている、としか書かれていないのも多い。が、実はチャバカノ語は6つある。
さらに言えば、サンボアンガは現在、危険なので普通の人は入らない方がよいとされている。ますます神秘的に見える感じがありますね。

これからちょっとだけ解説します。ここに、チャバカノ語のロマンがあるのですよ。

まず、チャバカノ語が6つあるという話から。専門的には「フィリピンのスペイン語クレオール(PCS)」と言いますが、これにはサンボアンガのチャバカノ語の他に、
1) エルミタのチャバカノ語
2) カビテのチャバカノ語
3) テルナテ(カビテ州)のチャバカノ語
4) ダバオのチャバカノ語
5) コタバトのチャバカノ語
があります(した)。カッコでし「した」と書いたのは、1)のエルミタのチャバカノ語はすでに絶滅したとされています。あと、ダバオのチャバカノ語も、戦前までは少なくとも話されていたようですが、今はもう絶滅しているんじゃないでしょうか。

1)~3)のチャバカノ語はマニラ周辺なのに対して、4)~5)とサンボアンガのチャバカノ語はミンダナオです。そして、それぞれのチャバカノ語は、相互に理解可能なほど言語的に近いとされています。さて、なぜでしょうか?

実は、上記6つのチャバカノ語は、祖先が同じだった可能性が非常に高いのです。マニラ周辺で話されていたチャバカノ語が、サンボアンガへ行き、さらにそこからダバオやコタバトにも移民とともに行った、とされています。

でも、それだけじゃありません。そもそもマニラ周辺のチャバカノ語は、祖先をたどればフィリピンじゃないところから来ているのです。どこでしょう?

日本語で入手できる情報源としては、鶴見良行「東南アジアを知るー私の方法」がそれに触れています。

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答えは「テルナテ」。カビテにあるテルナテという町は、実は今はインドネシア領であるテルナテという島からの移民によってその名がつけられたとされています。この島、当時はコショウ貿易の中継地点として重要だった時期があるそうです。ちなみに、今となってでは当地では誰もチャバカノ語を知らない、とされています。

が、そもそもテルナテは当時ポルトガルに支配されていました。なので、スペイン語クレオールであるチャバカノ語が話されていた可能性は低いのです。代わりに彼らが話していたのは、ポルトガル語クレオールだったと言われています。それこそが、チャバカノ語の祖先だというのです。フィリピンのスペイン語クレオールの祖先がポルトガル語クレオールなんて、すごくないですか?

たしかにチャバカノ語をよく見ていくと、ポルトガル語の影響と思われるものが見つかります。普通の単語はほぼすべてスペイン語のものに入れ替わっているのに、です。このことはサンボアンガの人でも、一般人は知らないと思います。

当時、ポルトガル語クレオールもしくはピジンは、東南アジアの貿易に重要な役割を果たしていたと思われます。アジアのポルトガル語クレオールには、他にマカオ語や、香港のポルトガル語クレオール等があったようです。

そんなわけで今の私の関心事は、もっぱらチャバカノ語とポルトガル語クレオールについて、それから当時の東南アジアにあった幻の言葉、船員によって使われていたポルトガル語クレオールの正体です。とりあえず南米にいる間は引き続き現代スペイン語の勉強と、それからポルトガル語の勉強を続けるつもりです。

それとは別に、現代のサンボアンガのチャバカノ語とその変容にも興味があります。毎日、早くフィリピンに戻りたいと思わない日はありません。(アマチュアですけど)研究したいことがたくさんです。ま、治安がよくなってくれないとサンボアンガには住めませんがね。

ということで、この話の続きはまたいつか。

チャバカノ語のcosa?の由来

そういえば、チャバカノ語を習い始めてすぐの時に疑問だったことがひとつ。

疑問詞はスペイン語のをそのまま使っているのに、「何」というのを表すのには、”que?”ではなく”cosa?”を使う。なんだろこれ、と思っていました。

ところがエクアドルで暮らし始めてから、こっちの人がよく”Que cosa?”と言っているのを耳にします。なるほど、これに違いないね。

ということで、ガッテンでした。

クレオールとダイグロシアな日本

家が寒すぎる。。だんだん、ゆううつになってきました。

仕方がないので読書モード。今日の本は、社会言語学。

「クレオール語」 (2000)ロベール ショダンソン著、糟谷啓介・田中克彦訳 (文庫クセジュ)

言語の可能性とか変容とか習得に心を奪われている俺としては、クレオールというのは非常に気になる。特にフィリピンのチャバカノ語は気になって仕方がない。

さて、「クレオール語」には、フランス語系、英語系、スペイン語系、ポルトガル語系、さらにはオランダ語系がある。ようするに植民地支配との関連で生まれた言語なわけです。

それ以外でちょっと似たようなものとしては、商人の間で話されるピジンというのもある。たとえば、国語になる前のマレー語ってそういう類のものだったんじゃないかと。

で、クレオールが亜流か、それとも別個のちゃんとした言語か、というのが政治的には大事なテーマなのだけど、現代言語学はこういう政治的な命題には批判的な立場を貫こう、としているはずです。ポストコロニアルの文化人類学とかの影響が強いっぽい。

ヨーロッパ語とクレオール語の対比をしているうちは対岸の火事なのだけど、ひるがえって日本語と方言の関係をみてみると、どうだろう。

方言といっても、現代の方言と明治初期とか江戸の頃とかのそれっていうのは相当な違いがあるようです。中には、もともと別の言語だったものもあり、それがだんだんと日本語、というか制定された標準語らしいものに変わっていったのがこの150年ほどのはずです。

それはもちろん上記のようなクレオールとは違うのだけど、少なくともダイグロシアな状況には変わりない。すなわち、社会が使用域の異なる2つの「言葉」を用いているわけです。

今まで日本社会って、こういう考え方はおろか、そもそも日本語が人口構成の変化を含めた時代にあわせて変容していくことすら、認めてこなかった。標準語と方言の存在について、ちょうど在日外国人のこどもが外では日本語を話しながら家庭内で親の母語を話すのを特殊だと気が付かないのと同じぐらい、素朴に無視してきたと思う。いつまでこんな時代が続くんでしょうか。