OPM: Noche Buena クリスマスイブ

またまたタガログ語の歌の試訳、クリスマス編です。

今回は”Noche Buena”。題名こそスペイン語ですが、歌詞はタガログ語です。
下に貼り付けたのは、今も現役の5人組コーラスグループ、”the company”がアレンジしたバージョンです。

Noche Buena 大晦日
Kay sigla ng gabi,  活気あふれる夜
Ang lahat ay kay saya  みんな幸せ
Nagluto ang Ate ng manok na tinola   お姉さんはマノック・ナ・ティノーラを料理している
Sa bahay ng Kuya ay mayroong litsonan pa お兄さんの家にはレチョンもある
Ang lahat ay may handang iba’t-iba.  皆いろいろなものを準備している
Tayo na, giliw, magsalo na tayo    皆でごちそうを食べましょう
Mayroon na tayong tinapay at keso.  私たちはパンとチーズがある
‘Di ba Noche Buena sa gabing ito  今夜はクリスマスイブだよね
At bukas ay araw ng Pasko! そして明日はクリスマス!

歌詞はここを参照しました↓
http://christmas.365greetings.com/christmas-songs/tagalog-christmas-songs.html

登場した料理名についての注:
マノック・ナ・ティノーラは鶏のスープの一種
レチョンは子豚の丸焼き

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OPM: Magkasama Tayo Sa Kwento Ng Pasko クリスマスを一緒に

フィリピンの2大民放のひとつ、ABS-CBNが2013年のクリスマスに合わせて制作した曲のよう。

タイトルの一部”kwento”は「話」とか「物語」というような意味なのだが、ここでは「~とき」と訳した方が自然な感じがすると思う。

Magkasama Tayo Sa Kwento Ng Pasko クリスマスのときを一緒に(過ごそう)

Bawat Pasko’y may dalang himala   それぞれのクリスマスは奇跡をつれてくる
Malakas man ulan ito’y titila        雨が強くても、止む

Bubuhos ang pagpapala          神の恵みが注ぐ
may kapiling ang nangungulila      孤独な人に誰かそばにいてくれる人がいるようになる
Anumang lungkot tayo’y aahon      私たちがどんなに悲しんでいても、良くなる
may lunas sa sugat ng kahapon     昨日の傷に癒しがおとずれる

Sa isa’t isa’y mayrong paglingap     お互いに思いやる人があるようになり、
Mga pangarap ngayo’y magaganap    (複数の)夢は今、叶う

Laging masaya ang kwento ng Pasko クリスマスのときはいつも楽しい(幸せ)
Kahit sino ka man may nagmamahal sayo あなたが誰でも愛してくれる人がいる

Ngayong kapaskuhan ang pangako ko 私の約束は今年のクリスマス
Sa puso ko’y magkasama tayo        私の心は私たちと一緒にある

Sa iisang awit ngayong pasko        今年のクリスマスの歌ひとつひとつに
Magkayakap ang tinig ko’t sayo       私とあなたの声が抱く
Sa’ting himig ipagdiriwang ang pag-ibig 愛を祝う私たちのメロディ
At ito ay tatawid sa buong daigdig     そしてこれは世界中に渡る
Sa iisang awit ngayong Pasko       
Magkayakap ang tinig sa’yo
Sa’ting himig nadarama na ang mahalaga  私たちのメロディに大切なことを感じる
Ay magkasama tayo sa kwento ng Pasko  それはクリスマスのときに私たちが一緒だということ

Mga ala-ala sa Pasko’y di kumukupas  クリスマスの思い出は色あせることがない
Ilang taon pa man ang lumipas いくつの年が過ぎようとも

Dahil ang bawat damdamin oh…      なぜならひとつひとつの感じが
Umuukit ng malalim               深く掘ってあるから

Yaman ng pagdiriwang            お祝いの豊かさ
Kahit simpleng kasiyahan          たとえ簡素な楽しさ(幸せ)でも

Ang tunay na may kayamanan       本当の豊かさ
Pamilyang nagmamahalan         家族の愛

サビ

Magbago man lahat sa mundo      世界のすべてが変わったとしても
Mananatili ang diwa ng Pasko       クリスマスの本質は残る
Ang pagpapala ay hindi mauubos    神の恵みは尽きることがない
Ang himala ng Pasko             クリスマスの奇跡は
Ay hiwaga ng Diyos              神の神秘

Saan man sa mundo            世界のどこでだって
Magkasama tayo               私たちは一緒
Saan man sa mundo
Magkasama tayo
Sa kwento ng pasko             クリスマスのときに

以上、重複の部分はとばしました。

続いて翻訳の参考ノートです。
1. 会話ではあまり出てこない、小辞の”man”がよく出てきていますがこれは「たとえ~でも」という感じの訳で対応してます(会話では接続詞の”kahit”をよく使います)。
2. “kasiyahan”という単語は語根は”saya”で、一般には「楽しい」と訳されますが、タガログ語での実際の使い方は「幸せな」にかぶっているところも多く、訳もカッコつきにしました。

最後に中級以上の(と俺が思う)単語は以下:
pagpapala =(神の)恵み
pangugulila = 孤独感
umahon, ahon =上がる
lunas =癒し
paglingap =ケアする
umukit, ukit =掘る
hiwaga =神秘
diwa =本質、エッセンス

OPM: Pasko sa Pinas フィリピンのクリスマス (by Yeng Constantino)

フィリピンのポップ音楽(OPM)歌詞の試訳シリーズその2。今回もクリスマス曲。タガログ語学習者用ということで、できる限り直訳です。

ABS-CBN局の昼番組で歌コンテストの審査員としてよく見かけるYeng Constantinoの数年前(6年前?)の作品。

Pasko sa Pinas フィリピンのクリスマス

Nadarama ko na ang lamig ng hangin 空気の冷たさを(私は)感じている
Naririnig ko pa ang maliliit na tinig    小さな音も聴こえる
May dalang tansang pinagsama-sama’t 
Ginawang tambourine            瓶のキャップをくっつけて作ったタンバリンを持っている人がいる
Ang mga parol ng bawat tahana’y     
Nagniningning 家々のパロル(注)が輝いている

注:パロルは、フィリピンのクリスマス飾り。スペイン語でいうfarolのこと

Ibang mukha ng saya           幸せの顔は普通と違う(=特別)
Himig ng Pasko’y nadarama ko na  クリスマスのメロディを(私は)感じている

May tatalo pa ba sa pasko ng Pinas  フィリピンのクリスマスに敗者はまだいるだろうか?(=いない)
Ang kaligayahan nati’y walang kupas 私たちの幸せは色あせない
Di alintana kung walang pera      お金がないとか気にしなくていい
Basta’t tayo’y magkakasama      とにかく私たちが一緒にいられれば
Ibang-iba talaga ang pasko sa Pinas フィリピンのクリスマスは特別だ

May simpleng regalo na si ninong at si ninang 
para sa inaanak na nagaabang           ゴッドファーザーとゴッドマザーから待ち望んでいるゴッドチャイルドへ、ささやかなプレゼントがある
Ang buong pamilya ay magkakasama sa paggawa ng christmas tree 家族みんなで一緒にクリスマスツリーを作る
Ayan na ang barkada                   それが仲間
Ikaw ay niyaya para magsimbang gabi       あなたはシンバンガビ(注)に招待されている

注:シンバンガビは、フィリピンでクリスマス前に毎晩行われる夜のミサ。

Ibang-iba talaga kahit saan ikumapara       たとえどこと比べても本当に特別
May ibang ihip na hangin na di maiintindihn    理解できない(=不思議な)いつもと違う風がある
Mapapangiting bigla sa kung ano ang dahilan  どんな理由でも突然笑顔になってしまう 
Nadarama mo na ba?                  感じている?

(解説)
nadarama は、原型はmadama、語根はdamaで、意味は「感じる」。初心者がこれを辞書で引き当てるのは至難の業と思います。

あと今回、中上級の単語がいくつか出てきました。正直、俺も知らない単語だったので辞書で調べたものを備忘録として載せときます。
tansan =瓶のキャップ
alintana =考慮する 
kupas =色あせる
pagsama-samahin =足す
magningning =輝く

Sana ngayon pasko フィリピン音楽(OPM)の歌詞とコードのサイト

フィリピンの曲ばっかり、歌詞とコードが載っているウェブサイトを発見。
http://www.opmtunes.com/index.html

このブログでタガログ語ネタをもうちょっと書いていきたいと思っていたところなので、ちょいちょい歌詞の試訳でもしてみます。
まずはクリスマスの曲から。

タイトル: Sana ngayon pasko   今年のクリスマスには

Pasko na naman クリスマスだ
Ngunit wala ka pa しかし君はいない
Hanggang kailan kaya いつまでだろうか
Ako maghihintay sa iyo 私が君を待つのは
Bakit ba naman どうしてなんだ
Kailangang lumisan pa  まだ離れてなければいけないなんて
Ang tanging hangad ko lang 私の特別な願いは
Ay makapiling ka    君がそばにいること

Sana ngayong Pasko  今年のクリスマスには
Ay maalala mo pa rin ako  まだ君が僕のことを覚えていてほしい
Hinahanap-hanap pag-ibig mo 君の愛を探している
At kahit wala ka na       そしてたとえ君がいなくても
Nangangarap at umaasa pa rin ako  私は夢見、期待し続けます
Muling makita ka       君にまた会い、
At makasama ka       君と一緒にいられることを

と、一番はこんな感じです。タイトルは”sana”以下が明記されていないため、直訳は無理。何か実現困難なことを望んでいる、というのが”sana”の意味するところです。

あと、ここに出てきている日常会話であまり聞かないタガログ語単語としては
lumisan  (語根は lisan ) 意味は 遠くに行く
tangi は「特別な」
hangad は 「願望」。英語でいうdesire。

この歌詞を見るに、遠距離恋愛の歌かな。あるいは、OFWの子どもが外国にいる親に対して今年こそは帰ってきてほしい、と待っているような曲みたいに見えます。でも、タガログ語で自分の親を”ka”呼ばわりするのっていいんだっけか。

フィリピンのクリスマス「パスコ」、「アギナルド」、「ノベナ」

フィリピンのクリスマスは「パスコ」と呼ばれますが、”pascua”は他の国では「イースター」の意味で使われると、昔、「なんでパスコがクリスマスなのか」という記事で書きました。その中で、少なくとも中南米では”pascua”はキリストの「生誕」を意味し、クリスマスも含まれるということを書きました。たとえば”Pan de pascua”はチリのクリスマスに食べられる特別なパンです。

ちなみにタガログ語で”pasko”を動詞にした”mamasko, namamasko, namasko”はそれぞれ「クリスマスを祝う、祝っている、祝った」というような意味で、祝う事は”pamasko”。道端では、「クリスマスだからお金を恵んでちょうだい」というような意味でも使われていますが、これはたいてい子どもたちがクリスマス・キャロルを歌いながら家々を訪問する「カロリング(caroling)」のときに聞かれます。カロリングの伝統は、アメリカの影響が強いのではと思います。

クリスマスのときにこのようにお金をあげることは、「アギナルド」と呼ばれます。日本語で説明する際に「クリスマスのときにあげるお年玉」と書いている人もいます。一方、中南米では「アギナルド」は今ではクリスマスの際に支払われる給料のボーナスで、特に一カ月分のものは「13カ月目の給料」という呼ばれ方をします。フィリピンでも法律によって”13th month pay”が保障されていますが、「アギナルド」とは区別されています。ちなみに「アギナルド」の起源についてはスペイン語のウィキペディアに項目があります(参照)。意訳すると「もともとはクリスマスのときに渡すチップ」とされていますので、現在のフィリピンで使われている「アギナルド」の意味にかなり近いと言えるでしょう。

ところでフィリピンで有名な「アギナルド」には、フィリピン革命で初代大統領になった「エミリオ・アギナルド」もいますが、彼はその後香港に亡命し、けっこう長生きします。youtubeにエミリオ・アギナルドがスペイン語でちょっとスピーチしている動画があるので参考まで。

さて話がそれましたが、フィリピンのクリスマスで特徴的なものの紹介の最後は、「ノベナ」です。クリスマスから数えて9日前から早朝に行われるミサで、フィリピン特有と言われています。タガログ語では「シンバン・ガビ(simbang gabi)=夜のミサ」です。スペインなどでは深夜に行うのですが、フィリピンでは早朝だ、というところがフィリピン特有なのでしょう。ちなみにどちらもスペイン語では「雄鶏のミサ(misa de gallo)」という名がついています。

ということで、フィリピンのクリスマスについてでした。

なんでパスコがクリスマスなのか

クリスマスには、これほどバラエティがある単語って珍しいんじゃないかと思うほど、いろんな呼び方があります。

ドイツ語ではWeihnachten(ヴァイナハテン)、聖夜という意味だそうです。

フランス語では、ノエル。”Noël”はラテン語のnatalis=「誕生」が語源。natalis dies=「誕生の日」がクリスマスデー。
スペイン語ではNavidad(ナビダッ)ですが、これもそんな感じの語源なんでしょう。

しかしどうも解せないのが、フィリピン諸語で使われるPasko(パスコ)。これって語源はスペイン語のPascuaで、イースターのことなはずなんですが。
どこでどうやってすり変わったのか、不思議です。

2012/12/26追記:なんと、少なくともラテンアメリカ各地では”Pascua”はクリスマスをも意味することが判明。ここエクアドルでも、”Felices Pascuas!”という言葉をクリスマスに聞きました。植民時代のスペイン人はこれを使っていたんでしょう。なんで使っていたか(もしくはなんで使われなくなったか)は不明ですが、とりあえず謎がひとつ解けました。

さて、クリスマスの歌はいろいろありますが、今日はひとつだけ紹介します。日本で聞いたことなくてフィリピンでよく聞いた”Feliz navidad”を、ここエクアドルでも耳にしました。ただし、歌詞は全部スペイン語でした。おそらく、もともとはスペイン語なのだと思います。こんな歌詞。

Feliz navidad
feliz navidad
feliz navidad
prospero año y felicidad (Bis)

cantemos todos alegres
porque el amor ha nacido
cantemos todos alegres
recibiendo al salvador (Bis)

feliz navidad
feliz navidad
feliz navidad
prospero año y felicidad (Bis)

que el año nuevo nos traiga
mucha union y armonia
que el año nuevo nos traiga
verdadera fraternidad (Bis)

ネットで調べても決定打に欠ける記述しか見つけられませんでしたが、おそらく上記をプエルト・リコ出身のホセ・フェリシアーノが英語にして歌って世界的に流行するようになったのではないでしょうか。

http://www2.uol.com.br/cante/lyrics/Jose_Feliciano_-_Feliz_navidad.htm

ところで最後にもうひとつ。クリスマスってキリストの生誕を祝うはずなのになんで西暦の1月1日とずれたままで放置しちゃってるんでしょうか。
加えて、西暦の新年を祝うのと、クリスマスを祝うのって、実質同じことを2回やってるんじゃないんでしょうか。不思議。