ミンダナオ戒厳令延長が承認された件

ロイターによれば、今年末までだったミンダナオ島全域に対する戒厳令の一年間の延長がフィリピン議会によって承認された。

フィリピン議会、ミンダナオ島の戒厳令延長を承認 来年末まで」ロイター通信2017年12月13日付

名目はISに忠誠を誓うイスラム過激派グループの掃討だが、ミンダナオには共産ゲリラ”NPA(新人民軍)”の勢力もあり、こちらの鎮圧にも力が入れられている。NPAは長らく前に非合法化されたフィリピン共産党(CPP)の軍事部門で、歴史は古い。最近ではフィリピン政府とCPPが2016年に停戦合意を結び、ようやく和平実現かと思われたものの、翌2017年2月にはドゥテルテ率いるフィリピン政府が停戦を破棄し、掃討作戦に転じている。もしかしたらドゥテルテ個人としては共産党勢力からの選挙協力も受けており平和的に解決したかったのかもしれないが、「テロ組織」という点ではNPAはアブサヤフやマウテグループ等のIS系勢力と同列にくくってしまう方が、国際社会からの協力も取り付けやすい等々あるのかもしれない。とにかく現政権の重点課題は治安の向上で、今後もこの方向は続くとみてよさそうだ。

↑大宅壮一ノンフィクション賞受賞作家、野村進のデビュー作。おもしろかったです。

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企業通貨と地域通貨

ようやく読んだ本の話。3年前にブラジルを旅行した後にこのブログに書いた「パルマス銀行の訪問メモ」の続き。

連帯経済についての論文などでも取り上げられているフォルタレザのパルマス銀行をアポなしで訪れてみた際、そこにボランティア滞在していたフランス人学生
に英語で案内してもらったのだが、その学生から聞いたのがベルナルド ・リエターという名前だった。貧困地域での地域通貨を使った村おこしというのは面白そうなアイディアだと思ったのだが、本書を読んでみるとそんな次元ではなかった。企業通貨と地域通貨が一緒に解説されているというのが興味深かった。

マネー崩壊―新しいコミュニティ通貨の誕生
ベルナルド リエター
日本経済評論社
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「マネー崩壊―新しいコミュニティ通貨の誕生」ベルナルド リエター(2000)
本書の内容はベルギーの中央銀行でマクロ経済の仕事をしていた、という著者の実績がなければ提案に説得力がなさそうではあるが、それはさておき、最近話題のビットコインや、マイレージ、アマゾン・楽天などのポイントなどがすべて通貨として解説されていて、改めて「お金」とは何かを考えるきっかけになる本。

特に、減価するお金という面では有効期限内に使わないとなくなってしまうマイレージやポイント(企業通貨)が地域通貨と同列に扱える、という点を示唆していて非常に興味深い。規模が大きくなれば、不況対策としての側面を持ちうるという。

一方、ビットコインなどの国家が独占しない通貨は、従来は規制の対象となり国家によって禁止されてしまう傾向が非常に強かった。本書は20世紀の本なのでもちろんビットコインには触れていないが、オンラインで国境を超えて流通することにより誰が所有している管理するのが困難になり、またひとつの国家がこれを禁止すると他の国に出遅れることになり国としてかえってデメリットという状況を生み出したビットコインは、日本のような国でさえ政府公認となっている。これまでさんざん地域通貨が国家によってつぶされてきたことを書いている本書を読みながら、今の時代はかつてなく新しいことが始まっているのだ、という認識を新たにできた。

最後に一点、俺が読んでてよく理解できなかったことをメモしておきたい。お金は、同じ額面でも回転数(流通スピード)によって働きが違うというのはわかるが、ではそれをどうやって比較できるのだろうか。回転しなければ経済は回らないわけなので「お金の働き」を把握するのは非常に大事。たとえば地域通貨の方が国家通貨より回転が速い傾向があるとするなら、それをどうやって(数字に?)表せるのだろうか。

「英語の帝国」とフィリピンと日本

フィリピンでは今や家庭で自分の子どもに英語で話しかけ、わざとタガログ語を教えない教育が中流以上で盛んだが、これはなにもフィリピンだけの話でなく、歴史的にスコットランドやウェールズでも起きていた、という。子どもの将来のために、庶民が自発的に伝統的な母語を捨てるいわゆる「自殺」は、英語の帝国の一部になる最終段階だということが、下の本によく書いてある。

「英語の帝国 ある島国の言語の1500年史」平田 雅博(2016)

英語の帝国 ある島国の言語の1500年史 (講談社選書メチエ)
平田 雅博
講談社
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言語の絶滅はいつの時代もゆっくり起きるもので、まずその言語だけを話す単一話者がいなくなり、(オランダ語などのように)他の言語との2言語話者となる時期があり、そしてそのうちに(アイヌ語のように)その言語を母語とする人がいなくなる。交代する理由はいつでも、より強い言語の方が有利だから。征服の結果としてある言語が禁じられることもあれば、恥ずかしくなって自主的に使わなくなる場合もあるだろうが、結局は強い言語に話者は流れている。上の本で英語の帝国のピークも既に去っている、という説も紹介されているように、英語もいつかはより強い言語に席を譲る日が来るかもしれない。それはさておき、、

フィリピンでの短期英語留学やオンライン英会話が増え始めた10年ぐらい前に、俺が批判的だった理由は「フィリピン人が自慢にしている英語は、しょせんアメリカの真似をした英語であって、フィリピン人が誇れるような文化ではない」ということだった。旧植民地のねじれたプライドみたいなもので、健全ではない、と思った。

しかしながら、上記の本を読む中でよくよく考えてみれば、帝国の言語=英語を学ぶという時点で日本人も十分ねじれたプライドを持っており、同類でしかなかった(本の中では旧植民地であるフィリピンと、日本では別のグループとして分類されているが)。健全とか健全でないとか、そんなものはないのだな、というのが読後の自分なりの結論となった。 

同様に、日本で子供に(自分が話せもしない)英語を習わせる風潮についても、歴史的にどこででも行われてきたわけであってとりわけ日本人の頭がおかしいわけではなく、さらには英語を学んだ結果、新しい世代が「美しい日本語」を話せなくなったとしても、それは次のレベルに進んでいっただけのこと。

フィリピンも日本も段階が違うだけで同じようなもんだ、と思えるようになったのが一番の収穫だった。

フィリピノ語のしくみ

諸言語で出ているこのシリーズは、コンセプトが「読める文法入門」。暗記しなくても先に進んでいけるので、どんな言語なのかさっと知りたい人向けです。

「フィリピノ語のしくみ」下平 英輝 (2009)

フィリピノ語のしくみ
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下平 英輝
白水社
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一応は読んでおいて、自分に勘違いがないかを確認しておきました。

個人的には、セブアノ語ほかのフィリピン諸言語とか、教材がないような言語についてこの種の本を出してほしいと思います。現状では、あまり利用できるリソースがない中で、ウィキペディアがあるのがせめてもの救いです。

ホーチミン市の全小学校で宿題が禁止に

ベトナムは教育水準が異様に向上しているようで、たとえばOECDの15歳以下の学力を測ったPISAというテストでは、2012年(2016年現在で最新)にドイツと並みだった。

そんなベトナムの、ホーチミン市内では来年度から宿題が禁止されるという。
http://www.viet-jo.com/news/social/160914051410.html

もともと宿題の功罪には両論あって、学力への効果という面では「親や教師や自己満足に過ぎないんじゃないか?」という声が高まりつつある。数年前には、ビルゲイツからの投資を受けて大きく成長した教育オンライン・プラットフォーム「カーンアカデミー」のサルマンカーンも、著書「世界はひとつの教室」で無駄だといっている。生徒全員に一律に同じ宿題を課す、ということも問題。

「世界はひとつの教室」サルマン・カーン(2013)

世界はひとつの教室 「学び×テクノロジー」が起こすイノベーション
サルマン・カーン
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一方で、家庭での学習習慣を作るためには宿題があった方が良い、と考える親は今でも多いし、宿題がなかったら家では勉強なんかしない、という子供や学生も多いだろう。

今回のホーチミン市の社会実験で、実際にどんな効果が出るのか、楽しみだ。

日本領サイパン島の一万日

やっぱり、ノンフィクションは面白い。終戦記念日が近いからというわけではないのですが、この本を読みました。

「日本領サイパン島の一万日」野村進(2005)

日本領サイパン島の一万日
野村 進
岩波書店
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サイパンに流れ着いた後たった一代で富豪になり、さらに決戦前に辛くも脱出した百次郎が主人公。当時の様子を生き生きと描けているのは流石、野村進です。

(以下、若干のネタバレ)
娘婿の桂男は大の語学好きでエスペラント運動にも加わっており、なんだか私みたいで親近感がわいたのですが、敗戦後なんと同じ収容所の日本人によって刺殺されてしまい、とても残念でした。。

本書の中で軽く触れられている「アナタハンの女王事件」。俺は全然知らなかったのだが、戦後の日本では一時かなりの話題になったようだ。。
http://matome.naver.jp/odai/2139089217671287801

ところで現地のチャモロ語は、アジアで一番学ぶのが簡単な言語だという噂があります。いつか自分で検証してみたい。

1945年 マニラ新聞―ある毎日新聞記者の終章

フィリピン本。今回は戦争モノのドキュメンタリー。

「1945年 マニラ新聞―ある毎日新聞記者の終章」南条岳彦(1995)

1945年 マニラ新聞―ある毎日新聞記者の終章
南条 岳彦
草思社
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本書のタイトルにある「マニラ新聞」は、現在ある「まにら新聞」とは全くの別物で、言ってみれば初代である(ちなみに現在の「まにら新聞」は1996年に、「Kyodo News Dialy」(1992年創刊)が名称変更したもの(参照))。

その初代「マニラ新聞」にしても、マニラ日日新聞などを接収して1942年に作ったもの(参考)で、さらにマニラ日日新聞はマニラ商工新報が前身で、、、と書き出せば長くなる。

それはともかく、本書の著者はたった3年間しか続かなかったこの初代「マニラ新聞」の編集長の息子さんで、自らも報道関係者なのだそう。幼少期に数年間を一緒に過ごしただけの父のことを十何年も調べ続け書き上げたという労作である。当時の時代を感じさせるという面では面白い本。

ただ、焦点はあくまで父・南篠真一と彼を取り巻く世の中であって、後半になるまでフィリピンの話は全然出てこない。なので、これをフィリピン本として読んだ俺は前置きがえらく長く感じてしまった。