OPM: Pasko sa Pinas フィリピンのクリスマス (by Yeng Constantino)

フィリピンのポップ音楽(OPM)歌詞の試訳シリーズその2。今回もクリスマス曲。タガログ語学習者用ということで、できる限り直訳です。

ABS-CBN局の昼番組で歌コンテストの審査員としてよく見かけるYeng Constantinoの数年前(6年前?)の作品。

Pasko sa Pinas フィリピンのクリスマス

Nadarama ko na ang lamig ng hangin 空気の冷たさを(私は)感じている
Naririnig ko pa ang maliliit na tinig    小さな音も聴こえる
May dalang tansang pinagsama-sama’t 
Ginawang tambourine            瓶のキャップをくっつけて作ったタンバリンを持っている人がいる
Ang mga parol ng bawat tahana’y     
Nagniningning 家々のパロル(注)が輝いている

注:パロルは、フィリピンのクリスマス飾り。スペイン語でいうfarolのこと

Ibang mukha ng saya           幸せの顔は普通と違う(=特別)
Himig ng Pasko’y nadarama ko na  クリスマスのメロディを(私は)感じている

May tatalo pa ba sa pasko ng Pinas  フィリピンのクリスマスに敗者はまだいるだろうか?(=いない)
Ang kaligayahan nati’y walang kupas 私たちの幸せは色あせない
Di alintana kung walang pera      お金がないとか気にしなくていい
Basta’t tayo’y magkakasama      とにかく私たちが一緒にいられれば
Ibang-iba talaga ang pasko sa Pinas フィリピンのクリスマスは特別だ

May simpleng regalo na si ninong at si ninang 
para sa inaanak na nagaabang           ゴッドファーザーとゴッドマザーから待ち望んでいるゴッドチャイルドへ、ささやかなプレゼントがある
Ang buong pamilya ay magkakasama sa paggawa ng christmas tree 家族みんなで一緒にクリスマスツリーを作る
Ayan na ang barkada                   それが仲間
Ikaw ay niyaya para magsimbang gabi       あなたはシンバンガビ(注)に招待されている

注:シンバンガビは、フィリピンでクリスマス前に毎晩行われる夜のミサ。

Ibang-iba talaga kahit saan ikumapara       たとえどこと比べても本当に特別
May ibang ihip na hangin na di maiintindihn    理解できない(=不思議な)いつもと違う風がある
Mapapangiting bigla sa kung ano ang dahilan  どんな理由でも突然笑顔になってしまう 
Nadarama mo na ba?                  感じている?

(解説)
nadarama は、原型はmadama、語根はdamaで、意味は「感じる」。初心者がこれを辞書で引き当てるのは至難の業と思います。

あと今回、中上級の単語がいくつか出てきました。正直、俺も知らない単語だったので辞書で調べたものを備忘録として載せときます。
tansan =瓶のキャップ
alintana =考慮する 
kupas =色あせる
pagsama-samahin =足す
magningning =輝く

広告

Sana ngayon pasko フィリピン音楽(OPM)の歌詞とコードのサイト

フィリピンの曲ばっかり、歌詞とコードが載っているウェブサイトを発見。
http://www.opmtunes.com/index.html

このブログでタガログ語ネタをもうちょっと書いていきたいと思っていたところなので、ちょいちょい歌詞の試訳でもしてみます。
まずはクリスマスの曲から。

タイトル: Sana ngayon pasko   今年のクリスマスには

Pasko na naman クリスマスだ
Ngunit wala ka pa しかし君はいない
Hanggang kailan kaya いつまでだろうか
Ako maghihintay sa iyo 私が君を待つのは
Bakit ba naman どうしてなんだ
Kailangang lumisan pa  まだ離れてなければいけないなんて
Ang tanging hangad ko lang 私の特別な願いは
Ay makapiling ka    君がそばにいること

Sana ngayong Pasko  今年のクリスマスには
Ay maalala mo pa rin ako  まだ君が僕のことを覚えていてほしい
Hinahanap-hanap pag-ibig mo 君の愛を探している
At kahit wala ka na       そしてたとえ君がいなくても
Nangangarap at umaasa pa rin ako  私は夢見、期待し続けます
Muling makita ka       君にまた会い、
At makasama ka       君と一緒にいられることを

と、一番はこんな感じです。タイトルは”sana”以下が明記されていないため、直訳は無理。何か実現困難なことを望んでいる、というのが”sana”の意味するところです。

あと、ここに出てきている日常会話であまり聞かないタガログ語単語としては
lumisan  (語根は lisan ) 意味は 遠くに行く
tangi は「特別な」
hangad は 「願望」。英語でいうdesire。

この歌詞を見るに、遠距離恋愛の歌かな。あるいは、OFWの子どもが外国にいる親に対して今年こそは帰ってきてほしい、と待っているような曲みたいに見えます。でも、タガログ語で自分の親を”ka”呼ばわりするのっていいんだっけか。

大東亜共栄圏と日本語

読書メモ。現在行われているタイプの外国人向けの日本語教育の走りの時代、戦前から戦中についての東南アジアおよび台湾についての本。フィリピンでの日本語教育の章もあるので、フィリピン本と言えなくもない。ちょっと歴史に興味がある人なら読んでみて損はないと思う。

「大東亜共栄圏と日本語」多仁安代(2000)

大東亜共栄圏と日本語
大東亜共栄圏と日本語

posted with amazlet at 17.09.26
多仁 安代
勁草書房
売り上げランキング: 938,454

本書は博士論文に加筆修正をしたものということだが、特に専門知識なくても読むのに不自由しない。ただ、内容は深くはない。筆者は明らかに東南アジアの言語に通じておらず、たとえばフィリピンのくだりでは日本語教師が初めての授業で緊張した面持ちの生徒の前で「私は河野です。」と自己紹介したところ爆笑になり、それから打ち解けた雰囲気になった、というようなことが書かれているが、この笑いの意味はタガログ語では「コウノ」によく似た「コニョ」が女性器の意味だから、現地人の生徒はつい笑ってしまったのだと思う。

実際にフィリピンで日本語教育に携わった経験のある私からすれば、下ネタ系がツボだったり、クラスでいきなり歌いだしたりとかするフィリピン人のノリというのは戦前から全然変わってないのだなぁと思わずにはおれない。もっと言えば、フィリピン人が外国語習得に非常に長けていると日本人教師が報告している点、また文法について英語で説明を聞かないと納得しないところも私が経験したのと同じだ。

この章では、フィリピン人が他の国と違って日本に対して非常に強い悪感情を持っていた理由についても非常にわかりやすく書かれている。当時、といっても1942年からの数年だけだが、日本語を勉強することがフィリピンでどんな意味を持っていたのか、本書を読んでみてわかったような気になった。

タガログ語の”ngayon”と”sa ngayon”の違いについて

どの言語でも、時間(とき)の言い方には「絶対的な時間」と「相対的な時間」がある。「絶対的な時間」とは、「9月4日」のように、今日言おうが明日言おうが時間が変わらないもの。一方、「相対的な時間」は、「今日」や「明日」のようにいつ言うかによって時間が変わってしまうもの。

日本語だと、絶対的な時間を表すことばには「に」がつくが(例:「9月4日にフィリピンに行く」)、相対的時間を表すことばには通常「に」がつかない(例:「明日フィリピンに行く」)。

で、たまたまかもしれないが、日本語も英語もタガログ語もこの部分に共通点がある。もっといえばセブアノ語もチャバカノ語も、おそらく他のフィリピン諸言語も。

英語では絶対的な時間には”on”やら”at”やらがつき、タガログ語では絶対的な時間には”sa”やら”ng”やらがつく(”ng”は時刻のときに使う)。
そして相対的な時間には何もつかない。

というのが基本的な理解なのだが、タガログ語には”sa ngayon”という言い方もある。

“ngayon”だけだと「今」あるいは「今日」で、相対的な時間。

そして、”sa ngayon”は「今のところ」という訳が適当だと思われる。相対的な時間の例外ということで覚えておくとよいだろう。

まぁ考えてみれば、英語も「今のところ」は”so far”の他に”as of now”と言い方があるので、タガログ語が特別ということでもない。

(追記:
セブアノ語、チャバカノ語その他のフィリピン諸語でも”sa ngayon”のような言い方をするのだろうか。調べてみたら面白いかも。

フィリピン―急成長する若き「大国」 (中公新書)
井出 穣治
中央公論新社
売り上げランキング: 855
フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)
中島 弘象
新潮社
売り上げランキング: 603

ブラジルポルトガル語の運転免許証とCertidão de prontuário do condutorの訳語について

ブラジルの運転免許の制度は2008年に新しくなり、現在のブラジル運転免許証は”Carteira Nacional de Habilitação” 、略してCNH.と呼ばれている(ちなみに、以前のものは PGUと呼ばれていた)。一般的には運転免許証は”carteira de motorista”とも呼ばれている(英語版ウィキペディア記事はこちら)。

それに関連して、記録や経歴をポルトガル語では”prontuário”というらしく、スペイン語とは呼び方が違ってわかりづらい。日本でいう運転記録証明書や運転経歴証明書にあたるものは”Certidão de prontuário do condutor”と呼ばれている。

(参考:下記はミナスジェライス州のDETRAN(交通局)のウェブサイト)
https://www.detran.mg.gov.br/habilitacao/prontuario

一方、ポルトガルでは運転免許証は”carta de condução“という名前で、運転経歴証明書的なものは”certidão do registo de infrações do condutor (RIC) “という(直訳すると、「運転者の違反登録の証明」といったところか)。

スペイン語でも国によってこの書類の名前は違っていて、例えば

ウルグアイでは”Certificado de Antecedentes de Conductor”(直訳は、運転者の前歴の証明書)
https://tramites.imcanelones.gub.uy/tramites/certificado-de-antecedentes-de-conductor

チリでは、”Hoja de vida del conductor”(運転者人生のシートあるいは紙)
https://www.chileatiende.gob.cl/fichas/ver/13661

ペルーでは”Certificación de Récord de Conductor o Récord del Vehículo de Motor”(運転者記録証明)

といった具合。いろいろ違って大変だ。

アブサヤフがバシラン州の村を襲撃

去る8月21日になるが、アブサヤフの一団がスールー諸島の手前にあるバシラン州(サンボアンガの向かいにある島)の村で行われる祭りを狙って襲撃を行い、村人9人が死亡、10人が負傷した。下のリンク先の英語記事にはビデオもついている。

(英語記事)
http://www.rappler.com/nation/179451-basilan-abu-sayyaf-attack-civilians-dead

同記事によれば、この襲撃はアブサヤフの他の戦線から軍の注意をそらすための作戦とみられる、とのこと。

そんな理由で襲撃を受ける方はたまったものではない。近年、バシランやスールー諸島からサンボアンガをはじめとする他州への移民が進んでいるのは、このような治安の悪化が背景にあるのは間違いない。ちなみにサンボアンガはものすごい勢いで人口が増えており、既に人口は100万人を超えているとみられる(この人口は、ミンダナオではダバオに次いで二位)。それだけでなく、サンボアンガ市民のムスリム比率が急激に増えているのも注目される。

このことが市内で使われる言語にも影響が大きな影響を与えているのは言うまでもなく、おそらく特にタウスグ語話者が増えているのだろうが、バシランやスールー諸島の人々は他にもヤカンやバジャウなどいろいろな民族がある。多言語ウォッチャーの私としては、サンボアンガ市内(特にダウンタウン)の小学校などがどうなっているのかも非常に気になる。

フィリピン―急成長する若き「大国」 (中公新書)
井出 穣治
中央公論新社
売り上げランキング: 855
フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)
中島 弘象
新潮社
売り上げランキング: 603

「英語の帝国」とフィリピンと日本

フィリピンでは今や家庭で自分の子どもに英語で話しかけ、わざとタガログ語を教えない教育が中流以上で盛んだが、これはなにもフィリピンだけの話でなく、歴史的にスコットランドやウェールズでも起きていた、という。子どもの将来のために、庶民が自発的に伝統的な母語を捨てるいわゆる「自殺」は、英語の帝国の一部になる最終段階だということが、下の本によく書いてある。

「英語の帝国 ある島国の言語の1500年史」平田 雅博(2016)

英語の帝国 ある島国の言語の1500年史 (講談社選書メチエ)
平田 雅博
講談社
売り上げランキング: 271,566

言語の絶滅はいつの時代もゆっくり起きるもので、まずその言語だけを話す単一話者がいなくなり、(オランダ語などのように)他の言語との2言語話者となる時期があり、そしてそのうちに(アイヌ語のように)その言語を母語とする人がいなくなる。交代する理由はいつでも、より強い言語の方が有利だから。征服の結果としてある言語が禁じられることもあれば、恥ずかしくなって自主的に使わなくなる場合もあるだろうが、結局は強い言語に話者は流れている。上の本で英語の帝国のピークも既に去っている、という説も紹介されているように、英語もいつかはより強い言語に席を譲る日が来るかもしれない。それはさておき、、

フィリピンでの短期英語留学やオンライン英会話が増え始めた10年ぐらい前に、俺が批判的だった理由は「フィリピン人が自慢にしている英語は、しょせんアメリカの真似をした英語であって、フィリピン人が誇れるような文化ではない」ということだった。旧植民地のねじれたプライドみたいなもので、健全ではない、と思った。

しかしながら、上記の本を読む中でよくよく考えてみれば、帝国の言語=英語を学ぶという時点で日本人も十分ねじれたプライドを持っており、同類でしかなかった(本の中では旧植民地であるフィリピンと、日本では別のグループとして分類されているが)。健全とか健全でないとか、そんなものはないのだな、というのが読後の自分なりの結論となった。 

同様に、日本で子供に(自分が話せもしない)英語を習わせる風潮についても、歴史的にどこででも行われてきたわけであってとりわけ日本人の頭がおかしいわけではなく、さらには英語を学んだ結果、新しい世代が「美しい日本語」を話せなくなったとしても、それは次のレベルに進んでいっただけのこと。

フィリピンも日本も段階が違うだけで同じようなもんだ、と思えるようになったのが一番の収穫だった。