フィリピンパブ嬢の社会学

新年に入ってから読んだ本の紹介第二弾(書評ではありません、念のため)。

410610704X
フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)」中島弘象(2017)新潮新書

まず初めに、タイトルに「社会学」とついているが論文ではなく、ほとんどルポである。フィリピンパブを通して偽装結婚をしているフィリピン女性たちの日常が垣間見えるのが貴重なのと、青春物語的な面白さがある。小説ではないためあっと驚くような展開こそないものの、文も上手ですらすらと読めた。

読む前は、てっきりどっかの社会学者が目立つのを狙って書いたのかと思ったが、読めば読むほど主人公=著者は真面目でナイーブな若者である。本の中ではどうにも頼りなく、読者が応援したくなるような仕上がりになっているが、やはり編者の方の作戦だろうか。

愛知県と言えば、日本で一番フィリピン人が多いところ。絶対数でも東京より多いのだが、なんせ愛知のフィリピン人は東京や神奈川よりかなり若い(e-Statの「在留外国人統計」を参照)。そんなわけで、本書の舞台が名古屋というのは象徴的であると思う。

ところで、偽装結婚について言えば、個人的には「何が偽装か」というのは「愛とは何か」と同じように哲学的な問いであると思っていて、書類上結婚しているのに実態がない、という理由で逮捕されていくのは何か不思議な感じがぬぐえない。というのも「本当の」夫婦だって仲が悪くなって別居することはあるし、共働きで財布は別、というカップルもいるだろう。

また、もし言葉のほとんど通じないカップルはダメ、ということになれば、アヤシイ英語でなんとか通じ合っているような人たちは偽物の愛ということになるが、それも実態から離れていると思う。本当の夫婦なら、お互いの趣味やら交友関係についてよく知っていなければいけないのだろうか。同居していればまだしも、単身赴任などなんらかの理由で別居している「本当の」夫婦がお互いの近況をちゃんと知っているのだろうか。

ついでに言うと、本当の夫婦であることを立証するために、愛し合っている証拠として提出すべきものがポルノ映像のようなものになってしまうとすれば、それはもはや人権侵害である。そんなわけで、偽装と本当の結婚を区別する基準というのは明確でないし、そもそも警察や入管、裁判所だとかに決められるようなのもどうかと思ってしまう。

まぁ配偶者ビザや税控除というものが存在し、制度上優遇される以上、避けられないのかもしれませんが。

(↓参考)
『「フィリピンパブ嬢のヒモ」だった僕が結婚し、子供が産まれるまで』

ナマコを歩く

年末に読んだ本の紹介。日本語でサンボアンガやその周辺のことが書かれているものは希少なのでメモしておきたい。

「ナマコを歩く―現場から考える生物多様性と文化多様性」赤嶺淳

4787709151

筆者の赤嶺淳はフィリピン大学で博士号をとり、現在、一橋大教授。鶴見良行に大きな影響を受けナマコをはじめとするオープンアクセスな水産資源の共同利用の研究をするようになったそう(鶴見良行と言えば一般には「バナナと日本人」だろうが、「ナマコの眼」の他に「アジアの歩き方」などフィールドワーク系の本もあり、面白い。フィリピンに限らず東南アジア地域研究をするなら一通り目を通して置くべきと思う。思えば俺が日本語でチャバカノ語に関する記述を始めてみたのも彼の著作で、きっかけを与えてもらったと感謝している)。

さて「ナマコを歩く」に話を戻すと、著者の赤嶺氏もはじめはインドネシアとの国境近くスールーのバジャウ(サマ)の言語を調べていたそう。本書でも冒頭からスールーの「タンドゥバス島」という、聞いたこともないような島の名前が出てきて、さらにそこの島民がパラワン島南部の「マンシ島」に移住する過程も丁寧に説明されており非常に興味深い。さらにバジャウ(サマ)の言語についての使用域についても触れられていたりして、おそらく当地の言語にかなり精通しているのではないかと思われる。

俺は門外漢なので本書の本題についてはここでは特に書かないが、フィリピン、特にミンダナオに興味がある人なら、その部分だけ読んでも十分面白い本だと思う。鶴見良行の「ナマコの眼」を読んでいればなお良し。

4130460897
貧困の民族誌―フィリピン・ダバオ市のサマの生活

名古屋にフィリピン領事館ができる件

これまで暫定事務所だった、名古屋のフィリピン領事館が今年12月中に正式な領事館となるらしい。(参照記事↓)

https://www.chunichi.co.jp/article/157811

今日現在、既にウェブサイトは準備されていて、準備は万端のよう。ちなみに、さっき試しに開いてみたところパスポート申請のためのアポの予約リストが氏名入りで掲載されており、個人情報の扱いに対する日本との意識の差を感じた。。

ちなみに現在まで、この名古屋の領事館の他に、日本国内には在東京フィリピン大使館領事部と在大阪フィリピン総領事館、さらに北海道に名誉領事館があるとのこと。ネットの検索では那覇というのも出てきたが、在日本フィリピン大使館のウェブサイトからは確認できなかった。

さて、領事館について、日本人からすればビザ申請ぐらいしか用がないところで、かつフィリピン渡航には平時であれば事前にビザ申請はしないのが普通のため、あまり関係がなかった。それが、今回のコロナによって、どうしてもフィリピンに行く必要のある人でかつ既に現地に住んでいるわけでもなければ事前のビザ取得が必要になってしまい、がんばって足を運ぶ必要が出てきたしまったわけだ。

一方、在日フィリピン人はパスポートの更新や、出生届/死亡届、結婚のための婚姻要件具備証明書取得など、たまにではあるが領事館には行く必要がある。一番大変なのは日本語しかできない(若い世代の)在日フィリピン人で、実家が地方であれば親が一緒に行ったりするのも大変。なので今回、名古屋に領事館ができることで経済的に助かるフィリピン人がたくさんいる見込みである。

そういえばコロナ前になるが、フィリピン国内でもダバオに日本領事館ができた。今回の件とは関係はないかもしれないが、ともあれ日本とフィリピンとの人的往来は増えていると思う。

ルソン島と台湾の間の島々のフィリピン諸語(バタン諸語)

タガログ語(フィリピン語)やセブアノ語(ビサヤ語)が属するアウストロネシア語族のフィリピン語群は、北端は台湾の先住民族(いわゆる高砂族)のひとつヤミ族が話すヤミ語(タオ語)とされている。

ヤミ語(タオ語)についてもっと知りたい方は、台湾の靜宜大學(Providence University)のヤミ語(タオ語)辞書編纂プロジェクトのウェブサイトがとても参考になる。

(英語↓)

http://yamibow.cs.pu.edu.tw/LexiquePro_en/index-english/main.htm

(中国語繁体字↓)

http://yamibow.cs.pu.edu.tw/index_en.htm

さて、ヤミ語(タオ語)は、このフィリピン諸語の中でもルソン島と台湾の間に浮かぶ島々で話されている言語の総称である「バタン諸語」の一員だが、これについては東京外語大が2002~2006年に行ったコーパス収集プロジェクトの成果である「バタニック諸語の基礎語彙」で、雰囲気を知ることができる。

「バタニック諸語の基礎語彙」

http://www.coelang.tufs.ac.jp/multilingual_corpus/batan/

なお、東京外大のこのプロジェクトの成果物のトップページは下のページで見ることができる。他にもいろいろコーパスがあるようだ。

http://www.coelang.tufs.ac.jp/multilingual_corpus/research_objective.html

サンボアンガ市内でアブサヤフ幹部など4名が逮捕された件

去る10月11日と12日に、2009年の人質拉致および殺害事件に関与したとして指名手配中だったHassan Anang Mohammadほか3名がサンボアンガ市内で逮捕された。

参考英語記事↓

https://www.cnn.ph/regional/2020/10/12/Abu-Sayyaf-members-Zamboanga-City.html

現場はサンボアンガ市内のキャンプ・イスラム近くにあるLower Calarianというバランガイ。逮捕されたうちの一人は現役の港湾警備隊員ということで、やはり当局に協力者がいることでテロリストがサンボアンガ市内に入れるようになっているようだ。

ところで、先週はアブサヤフ関連で言えば、バシラン州にある刑務所から受刑者が8名脱走した事件があり、その中にアブサヤフのメンバーもいたとのこと。

参考英語記事↓

アブサヤフのメンバーであり受刑者のLahamanという男性が、受刑者なのになぜか銃を持っており、それを使って警備員を殺害し正面ゲートから逃走したという。

その後、1名は警察によって殺害され、もう1名は負傷させ身柄を確保した。しかしながら、14日の時点で6名は逃走中とのこと。

実は(少なくともこの地方での)脱走事件はそう珍しくなく、ちょっと検索しただけでも2件は記事は出てきた。せっかく捕まえても逃げられてしまうのであればアブサヤフ解体はそりゃこれまで難しかったわけだ、と思ってしまった。

https://www.voanews.com/east-asia/abu-sayyaf-suspected-philippines-abductions-jailbreak

スールーでインドネシア人自爆テロ容疑者が逮捕された件

去る10月10日に、サンボアンガ市で自爆テロをする予定だったとされるインドネシア人「チチ」ことRezky “Cici” Fantasya Rullieがスールーで当局に逮捕された。彼女の親は2019年1月にスールーの教会を爆破した実行犯で、彼女の夫は去る8月にやはりスールーで国軍に殺害されていた。国軍に殺害されたアブサヤフのメンバーの妻が自爆テロの実行犯になるのは今年8月にスールーのホロで起きた自爆テロ(参考:英語版wikipediaのリンク)と同じパターンだ。なお、今回逮捕されたのは上述のチチ(妊娠中)の他に未亡人が2人いたそう。

(↓参考:英語記事)

https://mainichi.jp/english/articles/20201010/p2g/00m/0in/076000c

https://www.aljazeera.com/news/2020/10/10/philippines-arrests-woman-suspected-of-planning-suicide-attack

北サンボアンガ州でアブサヤフに拉致された比系アメリカ人が救出された

去る9月16日に北サンボアンガ州のシラワイ町でバイクに乗っているところをアブサヤフに拉致された比系アメリカ人の男性が、10月1日に国軍によって救出された。

(参考英語記事↓)

https://www.channelnewsasia.com/news/asia/philippines-military-rescue-man-abu-sayyaf-militants-13171504

スールーでの連続自爆テロで17人が死亡

2020年8月24日にミンダナオ南西部のスールー州の州都ホロ市で連続自爆テロが起き、17名が亡くなった。初めの爆発は昼前の午前11時53分に、2番目は約一時間後の午後12時57分だった。それぞれの犯行現場は100mしか離れていないとのこと。

(参考:日本語記事↓)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/08/15-44.php
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/08/is-26.php

ホロでは、2019年1月にも爆発テロがあり20名以上が亡くなっている(当ブログスールーのホロの教会で爆破テロを参照)
が、今回も同じくアブサヤフによる犯行とのこと。なお、今回、自爆したのはそれぞれ2019年に殺害された自爆テロ犯の未亡人である女性である。

自爆テロはインドネシアでも2019年11月にスマトラで起きており、今回の実行犯と同じグループと思われる。

(参考:英語記事↓ なお、記事中に出てくるDaesh(ダーイッシュ)とはISのこと。↓)
https://www.arabnews.com/node/1725166/world

(追記:8/29付で、フィリピン政府から上記の事件に深く関与するとみられる以下の3名に対して、3百万ペソの報酬付きの指名手配が出された:
Mundi Sawadjaan(フィリピン人)、Andi Basoとその妻Reski “Cici” Fantasya (ともにインドネシア人))

(参考:英語記事↓ )
http://www.dailyexpress.com.my/news/157682/indonesian-couple-linked-to-sabah-might-have-been-involved-in-jolo-bombings-/
https://manilastandard.net/index.php/news/top-stories/332752/p3-million-bounty-up-for-jolo-bombing-suspects.html

サバ州東海岸(サンダカン含む)とスールー王国

2013年、Airphil expressがサンボアンガ―サンダカン便を始めたが、矢先に戦闘が起こり、便がストップした。かつて植民地自体にスペインから併合されず、20世紀に入りアメリカによって制圧されたスールー王国の末裔を名乗る、キラム三世が率いた私兵というかテロリスト集団がマレーシアのサバ州に攻め込んだ事件は、ウィキペディアには「ラハダトゥ対立(2013年)」として記録されている。非常に興味深い内容なのでここで紹介したい。

事件がおさまってすぐに、マレーシア政府は治安措置としてサバ州に当時住んでいたフィリピン人の移動を実行した(当ブログ「サバのフィリピン人の移動を発表」を参照)。これはおそらく不法移民で、ほとんどが国境近辺のスールーやタウィタウィ出身のバジャウやタウスグと思われる。不法移民の強制送還はイタチごっこであり、定期的に行われている(当ブログ「デュテルテが、サバ州の不法就労フィリピン人7000名の強制送還に合意」を参照)。

さて、上のウィキペディアの記事にもあるように、マレーシア政府はスールーのスルタン(キラム一族)に毎年5000リンギットの小切手を1963年あたりからずっと送り続けていたのだが、2020年7月26日付のまにら新聞の記事で、事件後にマレーシア政府はこの支払いを止めたということを知った(参考記事)。もっとも、支払いを行っていたことで「スールーの末裔」たちが調子に乗ってしまってこんな事件になってしまったのであれば、マレーシア政府としては続ける動機はもちろんない。マレーシア政府としては、送っていた金額は全然大したことないのだが。

ところで、上記のまにら新聞の記事によれば、キラム家は『マレーシアは相続人1人につき「年間5万3千マレーシアリンギット(約13万円)を13年まで支払い続けていた」と』主張していることになっているが、レートを換算すると13万円は5,300リンギットの間違いと思われる。また、上のウィキペディアにも5,300リンギットと書かれている(なお、ウィキペディアの記事を読むと総額5,300リンギットだったように書かれているので、この部分も不明)。

ともかく、2013年はこの地方は不安定だった年で、同年9月には今後はMNLFのヌル・ミスアリ派(ヌル・ミスアリ自身はそこにはいなかった)がサンボアンガ市に攻め込んだ(ウィキペディア英語版の記事”Zamboanga City Crisis“を参照。)。この事件は当地では英語で”Zamboanga Siege”と呼ばれているようだが、当ブログではウィキの記事にならって「サンボアンガ危機」と呼んでいる。

ラハダトゥ対立にしても、サンボアンガ危機にしても、背景にはバンサモロ基本法の制定の前段階の交渉に際して、ムスリム勢力の代表になれない各派閥の不満や焦りがあったようだ。現在はようやくバンサモロ暫定自治政府(2019年2月発足)ができ、政情は落ち着いているよう。(ISISが2017年にミンダナオ中部の都市マラウィに攻め込んだマラウィの戦いは別として)。

16世紀の日本でのキリスト教布教とその後の「隠れキリシタン」

自分はもともと歴史や宗教に興味があったのかもしれないが、フィリピンに住んだりタガログ語やチャバカノ語をはじめとするフィリピン諸語を学ぶ中で、キリスト教は避けて通れません。内容についてはさほど興味ないものの、社会にどのように広がったのかや、他の地域と比べてどう違うのか、などの俗的なことは大いに気になるわけで、ひいては同じ大航海時代に日本に広がったキリスト教についても同様の興味があります。

世界遺産になった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、いわゆる隠れキリシタンをフィーチャーしており当時は日本人の間にもこの特異な史実についての関心が高まりました。ただ、下の読売新聞の記事にもありますが、隠れキリシタンの信仰対象は一般に思われているのとはちょっと違うところがあるようで、その道の研究者が書いた本がこの機にいくつか出版されたのは、ありがたいことです。

https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20180409-OYT8T50031/

今回私が読んだのは、長崎のカトリック系大学で長年教授を務め退官した学者、宮崎賢太郎氏のもの。

「潜伏キリシタンは何を信じていたのか」宮崎賢太郎(2018)
4044003459

研究書でなく、誰でも読めるように書かれていて、かつ、普通の日本人が宗教について改めて考えることができるようキリシタンの話題以外にも日本における宗教について触れられておりとても面白かった。

そのうち中園成生著『かくれキリシタンの起源』の方も読んでみたい。