マラウィ市の「テロリストからの解放」が宣言された

今年の5月にIS(マウテグループとアブサヤフ等の合同チーム)が潜入して以来戦闘状態だったミンダナオ中部のマラウィ市について、ドゥテルテ大統領は10月17日に「解放」されたと宣言した。

(英語記事)
http://news.abs-cbn.com/news/10/17/17/duterte-marawi-liberated-from-terrorists
http://www.sunstar.com.ph/manila/local-news/2017/10/17/duterte-declares-liberation-marawi-569850

また、当局は昨日、テロリスト側リーダーのイスニロン・ハピロン(Isnilon Hapilon)とオマル・マウテ(Omar Maute)は軍の作戦によって殺害されたと発表していた。
現在のところ、まだ残党は多少(6-8人の外国人を含むテロリスト30人程度)残っているもののリーダーが殺害されたので収束を宣言した、というのが実態のようだ。
ちなみに、人質もまだ20人程度残っているので、どうみても収束とはいいがたい。

(英語記事)
http://www.sunstar.com.ph/manila/local-news/2017/10/16/isnilon-hapilon-omar-maute-killed-marawi-569626

今回の一連の戦闘で、テロリスト側は800人以上が死亡したとされている。

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)
中島 弘象
新潮社
売り上げランキング: 603
広告

OPM: Pasko sa Pinas フィリピンのクリスマス (by Yeng Constantino)

フィリピンのポップ音楽(OPM)歌詞の試訳シリーズその2。今回もクリスマス曲。タガログ語学習者用ということで、できる限り直訳です。

ABS-CBN局の昼番組で歌コンテストの審査員としてよく見かけるYeng Constantinoの数年前(6年前?)の作品。

Pasko sa Pinas フィリピンのクリスマス

Nadarama ko na ang lamig ng hangin 空気の冷たさを(私は)感じている
Naririnig ko pa ang maliliit na tinig    小さな音も聴こえる
May dalang tansang pinagsama-sama’t 
Ginawang tambourine            瓶のキャップをくっつけて作ったタンバリンを持っている人がいる
Ang mga parol ng bawat tahana’y     
Nagniningning 家々のパロル(注)が輝いている

注:パロルは、フィリピンのクリスマス飾り。スペイン語でいうfarolのこと

Ibang mukha ng saya           幸せの顔は普通と違う(=特別)
Himig ng Pasko’y nadarama ko na  クリスマスのメロディを(私は)感じている

May tatalo pa ba sa pasko ng Pinas  フィリピンのクリスマスに敗者はまだいるだろうか?(=いない)
Ang kaligayahan nati’y walang kupas 私たちの幸せは色あせない
Di alintana kung walang pera      お金がないとか気にしなくていい
Basta’t tayo’y magkakasama      とにかく私たちが一緒にいられれば
Ibang-iba talaga ang pasko sa Pinas フィリピンのクリスマスは特別だ

May simpleng regalo na si ninong at si ninang 
para sa inaanak na nagaabang           ゴッドファーザーとゴッドマザーから待ち望んでいるゴッドチャイルドへ、ささやかなプレゼントがある
Ang buong pamilya ay magkakasama sa paggawa ng christmas tree 家族みんなで一緒にクリスマスツリーを作る
Ayan na ang barkada                   それが仲間
Ikaw ay niyaya para magsimbang gabi       あなたはシンバンガビ(注)に招待されている

注:シンバンガビは、フィリピンでクリスマス前に毎晩行われる夜のミサ。

Ibang-iba talaga kahit saan ikumapara       たとえどこと比べても本当に特別
May ibang ihip na hangin na di maiintindihn    理解できない(=不思議な)いつもと違う風がある
Mapapangiting bigla sa kung ano ang dahilan  どんな理由でも突然笑顔になってしまう 
Nadarama mo na ba?                  感じている?

(解説)
nadarama は、原型はmadama、語根はdamaで、意味は「感じる」。初心者がこれを辞書で引き当てるのは至難の業と思います。

あと今回、中上級の単語がいくつか出てきました。正直、俺も知らない単語だったので辞書で調べたものを備忘録として載せときます。
tansan =瓶のキャップ
alintana =考慮する 
kupas =色あせる
pagsama-samahin =足す
magningning =輝く

Sana ngayon pasko フィリピン音楽(OPM)の歌詞とコードのサイト

フィリピンの曲ばっかり、歌詞とコードが載っているウェブサイトを発見。
http://www.opmtunes.com/index.html

このブログでタガログ語ネタをもうちょっと書いていきたいと思っていたところなので、ちょいちょい歌詞の試訳でもしてみます。
まずはクリスマスの曲から。

タイトル: Sana ngayon pasko   今年のクリスマスには

Pasko na naman クリスマスだ
Ngunit wala ka pa しかし君はいない
Hanggang kailan kaya いつまでだろうか
Ako maghihintay sa iyo 私が君を待つのは
Bakit ba naman どうしてなんだ
Kailangang lumisan pa  まだ離れてなければいけないなんて
Ang tanging hangad ko lang 私の特別な願いは
Ay makapiling ka    君がそばにいること

Sana ngayong Pasko  今年のクリスマスには
Ay maalala mo pa rin ako  まだ君が僕のことを覚えていてほしい
Hinahanap-hanap pag-ibig mo 君の愛を探している
At kahit wala ka na       そしてたとえ君がいなくても
Nangangarap at umaasa pa rin ako  私は夢見、期待し続けます
Muling makita ka       君にまた会い、
At makasama ka       君と一緒にいられることを

と、一番はこんな感じです。タイトルは”sana”以下が明記されていないため、直訳は無理。何か実現困難なことを望んでいる、というのが”sana”の意味するところです。

あと、ここに出てきている日常会話であまり聞かないタガログ語単語としては
lumisan  (語根は lisan ) 意味は 遠くに行く
tangi は「特別な」
hangad は 「願望」。英語でいうdesire。

この歌詞を見るに、遠距離恋愛の歌かな。あるいは、OFWの子どもが外国にいる親に対して今年こそは帰ってきてほしい、と待っているような曲みたいに見えます。でも、タガログ語で自分の親を”ka”呼ばわりするのっていいんだっけか。

マラウィ危機のその後2(アップデート)

5月に発生したマウテグループなど(現在はISISと呼ばれている)によるマラウィ占拠事件は、残る戦闘現場はサッカーコート3つ分、ようやっと最後の一押しというところだが人質が40数人いるため思い切った作戦ができない状態という。ただ、兵糧攻めをする場合、先に人質が飢え死にしてしまうのは目に見えている。一挙に解決というのは難しいようだ。

(追記:10/4に、上述の人質のうち少なくとも17名が救出された↓
https://www.rappler.com/nation/184223-marawi-hostages-rescued

下の英語記事によれば、9月30日時点の死亡者数は、政府側が155人、民間人が47人、テロリストが749人となっている。
https://www.rappler.com/nation/183849-marawi-death-toll-september-30

テロリストの武器は兵器の他、即席爆弾(または即席爆発装置) =Improvised Explosive Device, IEDと呼ばれる簡易手製爆弾を使っており、今回押収されたものの写真などもメディアに出回っている。中には、1ペソ硬貨を使ったものなどもある。こういったテクノロジーはネットワークを通じて国際的に技術移転されているわけだが、それだけの能力があるんだったらもっと建設的な方向に使っていってれば、今頃ミンダナオはもっと発展しているだろうにと思う。

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)
中島 弘象
新潮社
売り上げランキング: 603

大東亜共栄圏と日本語

読書メモ。現在行われているタイプの外国人向けの日本語教育の走りの時代、戦前から戦中についての東南アジアおよび台湾についての本。フィリピンでの日本語教育の章もあるので、フィリピン本と言えなくもない。ちょっと歴史に興味がある人なら読んでみて損はないと思う。

「大東亜共栄圏と日本語」多仁安代(2000)

大東亜共栄圏と日本語
大東亜共栄圏と日本語

posted with amazlet at 17.09.26
多仁 安代
勁草書房
売り上げランキング: 938,454

本書は博士論文に加筆修正をしたものということだが、特に専門知識なくても読むのに不自由しない。ただ、内容は深くはない。筆者は明らかに東南アジアの言語に通じておらず、たとえばフィリピンのくだりでは日本語教師が初めての授業で緊張した面持ちの生徒の前で「私は河野です。」と自己紹介したところ爆笑になり、それから打ち解けた雰囲気になった、というようなことが書かれているが、この笑いの意味はタガログ語では「コウノ」によく似た「コニョ」が女性器の意味だから、現地人の生徒はつい笑ってしまったのだと思う。

実際にフィリピンで日本語教育に携わった経験のある私からすれば、下ネタ系がツボだったり、クラスでいきなり歌いだしたりとかするフィリピン人のノリというのは戦前から全然変わってないのだなぁと思わずにはおれない。もっと言えば、フィリピン人が外国語習得に非常に長けていると日本人教師が報告している点、また文法について英語で説明を聞かないと納得しないところも私が経験したのと同じだ。

この章では、フィリピン人が他の国と違って日本に対して非常に強い悪感情を持っていた理由についても非常にわかりやすく書かれている。当時、といっても1942年からの数年だけだが、日本語を勉強することがフィリピンでどんな意味を持っていたのか、本書を読んでみてわかったような気になった。

マラウィ危機のその後(アップデート)

5月に発生したマウテグループなど(現在はISISと呼ばれている)によるマラウィ占拠事件は、規模は相当縮小したものの、いまだに戦闘が続いている。立て籠もっている残党はおそらく20人程度だが、リーダーが殺害されたという報道はないのでまだ戦っているか、戦死したのか、あるいは既に脱出したのか不明。

下の英語記事によれば、これまでのところの死亡者数は、政府側が145人、民間人が45人、テロリストが600人以上となっている。また、マラウィの町は壊滅的な被害を受けており避難民は周辺を合わせて60万人規模。
https://www.rappler.com/nation/181543-marawi-war-reinforcement-lake

町の大部分は既に解放されているので、少しずつ復興に着手しつつあるところ。相当な時間がかかるだろう上に、もともと貧しい地域なだけに復興支援漬けになりそうな感じがしなくもない。

ところで、ミンダナオに敷かれている戒厳令は当初7月までだったのだが、国会の承認を得て年末まで延長されている。フィリピン憲法のことはよく知らないが、年末になったらまた延長の手続きがとられるような気がしてならない。

フィリピン―急成長する若き「大国」 (中公新書)
井出 穣治
中央公論新社
売り上げランキング: 855
フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)
中島 弘象
新潮社
売り上げランキング: 603

タガログ語の”ngayon”と”sa ngayon”の違いについて

どの言語でも、時間(とき)の言い方には「絶対的な時間」と「相対的な時間」がある。「絶対的な時間」とは、「9月4日」のように、今日言おうが明日言おうが時間が変わらないもの。一方、「相対的な時間」は、「今日」や「明日」のようにいつ言うかによって時間が変わってしまうもの。

日本語だと、絶対的な時間を表すことばには「に」がつくが(例:「9月4日にフィリピンに行く」)、相対的時間を表すことばには通常「に」がつかない(例:「明日フィリピンに行く」)。

で、たまたまかもしれないが、日本語も英語もタガログ語もこの部分に共通点がある。もっといえばセブアノ語もチャバカノ語も、おそらく他のフィリピン諸言語も。

英語では絶対的な時間には”on”やら”at”やらがつき、タガログ語では絶対的な時間には”sa”やら”ng”やらがつく(”ng”は時刻のときに使う)。
そして相対的な時間には何もつかない。

というのが基本的な理解なのだが、タガログ語には”sa ngayon”という言い方もある。

“ngayon”だけだと「今」あるいは「今日」で、相対的な時間。

そして、”sa ngayon”は「今のところ」という訳が適当だと思われる。相対的な時間の例外ということで覚えておくとよいだろう。

まぁ考えてみれば、英語も「今のところ」は”so far”の他に”as of now”と言い方があるので、タガログ語が特別ということでもない。

(追記:
セブアノ語、チャバカノ語その他のフィリピン諸語でも”sa ngayon”のような言い方をするのだろうか。調べてみたら面白いかも。

フィリピン―急成長する若き「大国」 (中公新書)
井出 穣治
中央公論新社
売り上げランキング: 855
フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)
中島 弘象
新潮社
売り上げランキング: 603