エルシャダイ&エルミタの語源

数年前に亡くなった西本至は、マニラで数十年にわたって活躍した日本人神父。個人的に面識はなかったが、エッセイ集がいくつかあって興味あったので買ってみた。

よあけの神父―フィリピンよもやま話
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「よあけの神父」(1997)

たそがれの神父―こころのふるさと、フィリピン物語
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「たそがれの神父」(2000)

全体としては、やはり神父の本だな、と。もっとマニラにいる日本人についての話が書かれているかと思っていたので残念。ただ、中には彼のような人でないと知り得なかったようなことも書かれている。

たとえば、エルシャダイについて。フィリピンでは一種の宗派を表す単語のようだが、この単語自体はキリスト教世界ではわりとよく使われているようで、俺がエクアドルにいた時にも店の看板とかで見かけたこともある。ただ、知り合いの誰に聞いても意味をわかっている人がいなかった。不思議な単語だな、と思っていた。

「たそがれの神父」によれば、古ヘブライ語で「偉大な神」、「全能の神」という意味だそうで、そしてこの単語をマイク・ベラルデ師が使ってラジオで呼びかけを行ったことから、この宗派自体が「エルシャダイ」という名前になったのだそう。これについては、英語ウィキペディアでも記事がある(参照)。

次に、マニラ市エルミタという地名の語源。これも英語ウィキペディアに記事がある(参照)のだが、「たそがれの神父」の方が記述が細かい。かいつまんで書くと、スペイン語で「隠居」という意味の”ermita”は、マゼラン遠征隊によって16世紀に(セブに!)持ち込まれて以来、ひっそりとマニラで匿われていたマリア像から来たという。マゼラン遠征隊が来たのが1521年、そして次のレガスピ遠征隊がマニラに来たのが1571年というから、実に50年。

ちなみにそれ以降、スペイン人はマニラに拠点を作るようになり、ザビエルを始めとして(マニラのある)ルソン島から日本に布教活動をしに出かけて行ったということだそう。こういう歴史の流れで考えてみると、実はスペインの手によるマニラ(イントラムロス)は当時できたばかりだったということがわかる。そしてその頃には中国人も日本人もマニラ(壁の外)に一定数住んでいたわけで、実に雑多だったと想像できる。

エルミタといえば、20世紀前半まで「エルミタ語」、もしくは「エルミタのチャバカノ語」(”Chavacano ermitanyo”)というチャバカノ語の一種であるクレオールがあったらしい。しかしながら、本当にクレオールと呼べる段階だったのか証明できるような資料はちょっと見当たらない。クレオールとしては、その言語を母語として使う人が一定数存在していなければならない。そして内容的にも、おそらくカビテやテルナテのチャバカノ語とほとんど一緒ではないかと思われる。ということで、エルミタ語についてはどの学者が言い出したのか一度調べてみたいと思っています。

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