論理言語ロジバン

人口が60億人を超えるような世の中には本当にいろんなことがあって、とても一人の人間の手に追えるものではないと思う。まあせいぜいその中でがんばるだけですが、一部を仕事としてそれなりに修め、あとは趣味として適当にやっていく、ということになるんでしょう。

で、今日知ったのは、比較的最近の人工言語の試み。その名も「ロジバン(Lojban)」というらしい。どうもナントカ刑事のイメージと重なってしまって変な先入観を持つことを避けられない。。

さて、人工言語というのはひとつのロマンで、おそらく肉体労働から解放された人間が現れたあたりから存在したんだと思うのだが、いくつかの例外を除いては記録にさえ残っていない。20世紀以降では設計自体が趣味だったり、あるいはSF作品の表現の一部としても使われているようで、必ずしも実用を目論んでいるわけでもないというのが特徴。

そんな中、「ロジバン」はウィキペディアの説明によれば、広く使用されないと存在目的自体が達成されないらしいので、そういう面ではエスペラントと似ている。

俺自身は、高校生のときにエスペラントを独習し始めて現在でも一応現役。エスペラントの思想はともかくとして、実際に使用されているコミュニティにけっこう愛着があるので今でも続けている。早い話、エスペラント話者には良い奴が多い、と思うから続けている。

一方で言語設計の面では、やはりエスペラントはしょせん19世紀の発明である。構造はこのロジバンの方がはるかに現代的で面白いわけで、もし俺が普通の言語学者だったらロジバンの方をホットに感じると思う。左記にわざわざ「普通の」と書いたのは、言語使用を研究対象とする社会言語学的な面からは、エスペラントは今でも十分面白いと思うからだ。

もし俺が高校生のときに「ロジバン」に出会っていたら、こっちの方をやっていた可能性は十分にある。ただ、使用状況の問題で、誰もサポートしてくれず途中で挫折していた可能性も高い。エスペラントのときには、学習を支えてくれる人に俺でもアクセスできたが、それが人工言語の中でのエスペラントの強みだと俺は思っている。

さて、ロジバンだがひとつ気になる側面があり、それはこれが音声言語として設計されているという面だ。どうせ現代的な人工言語を作るのなら、手話としても使えるようにならないものか。俺は凡人なので具体的なイメージはできないが、音声言語と手話言語の融合こそが、もっとも現代的な言語になると思う。

最後に、人工言語一般について言うと、科学が発達するにつれて新しいアイディアが現れるので、新しい人工言語を作る試みは永久に終わらない。その度に新しい言語を学ぶというのはなかなか難しいので、トレンドについていくのはどこかで諦めなければならない。残念ながらそれが現実。また、使用を目的の一部とする人工言語に関しては、設計とは別に普及にどれぐらい本気になるか、というのも重要なファクターで、非常に俗的な面から逃れられない。言語学者は設計は好きだろうが、普及に関しては専門外(というか、おそらく関心が薄い)。よって、マニア自体の絶対数が増えないことには普及の規模拡大もないと思う。人工知能の処理で実用化に結びつかない限りは。。それこそ、少なくとも現時点ではSF的な発想。

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