これがニーチェだ

高校生のとき、ちょっと哲学に興味があった。「ソフィーの世界」を読んでとてもおもしろかったからだったかもしれない。センター試験用に選ぶ3科目のひとつを倫理にしたのもその影響だったかもしれない。

でもちょっと勉強していくうちに違和感を覚えた。当時、「哲学なんてくよくよ考える人の学問じゃないか」と思ったのを今でも覚えている。そして、辞めてしまった。ということは、どうやら俺は哲学に対する感度が高くない。

今回このニーチェ本を読んでみたのは、新しい友人の一人がニーチェを大絶賛しているからだ。メキシコの書店でもニーチェがけっこう並んでいた気がする。なのに俺は「神は死んだ」というフレーズの他はさっぱりニーチェについて知らない。なので、挑戦してみた。

「これがニーチェだ」 (講談社現代新書)永井均(1998)

これがニーチェだ (講談社現代新書)
永井 均
講談社
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どうやら本書は入門書としては微妙なよう。というのも、著者は単に初心者向けにわかりやすく解説するのでなく、逐一自分の意見やら批判やらを挿入してくるからだ。というより、意見や批判が中心である。

しかしながら、この著者永井の筆致はうまい。哲学ってなかなか面白いじゃないか、と思わせる展開がある。特に俺のように、本当はニーチェなんかどうでもいい人間には。哲学は、現実世界を生きるための助けになるような実用的なものではなく、思考の展開それ自体を楽しむものだったわけだ。なるほどそれならいいね、と思う。ただし、自分の時間をそのためにたくさん割く気にはなれないけども。

著者いわく、ニーチェに共感するような人は弱者だ、という。俺に言わせれば、冒頭に書いたように、哲学に共感するような人もまた弱者である。自然体で生きられる人はそんなことに悩まない。

たとえば心理学者が心の問題に執着している人であるように、小学校の先生が子どもに執着している人であるように(ひどい場合にはペドフィリアでさえある)、経営者がお金に執着しているように、エリートが名声に執着しているように、哲学者は生き方に執着していると思う。

それらを越えた人こそ強い人なはずだ。でも、そもそも強い人である必要はどこにあるのだろう。他の人と同じように悩んでいる方が、社会生活上はうまくいくと思います。

ところで、本書の内容は、ちょっと前に読んだ内田樹の「日本辺境論」の内容と非常に関連している。内田は一言もニーチェのことを出していないが、まさにこれじゃないか、と思った。日本だから辺境だから、というのは結局単なるこじつけにしか過ぎない。

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