ジャビダ事件

マレーシアのサバ州にとどまっている「スールー国王の末裔」軍について。マレーシア軍による掃討作戦で、今まで62人が死亡しているそうです。そして、MILF(Moro Islamic Liberation Front)の方は、特に予定を変更することもなくフィリピン政府と自分たちの交渉を続けるようです。その後の展開やいかに。

さて、ミンダナオ紛争の関連でいえば、今月はジャビダ事件から45年だそうです。この事件、ウィキペディア日本語版には載っていないのですが、マルコス時代に起きた当局による虐殺事件で、フィリピンのイスラム教徒がクリスチャン・フィリピーノに対する不信を爆発させるきっかけになったとされています。まにら新聞によれば、

虐殺被害者は、国軍がスルー州などミンダナオ地方南部でかき集めたイスラム教徒の若者たち。マレーシアのサバ州に潜入し、政情不安を起こす極秘任務に就く予定だったが、同島での訓練終了前に国軍の手で抹殺された。

ネット上で手に入る情報によれば人数は28人だとか、もっと多いとかありますが、とにかく彼らにとっては「クリスチャン・フィリピーノ」の政権がこういうことをしたわけです。まあ実際、現在にいたるまで「クリスチャン・フィリピーノ」は同胞のイスラム教徒に対して非常に冷たいです。

孫引きになりますが、この事件は、一人生き残った者がいたことから明るみに出ました。この人が言っていることがどこまで本当かは誰にもわかりません。

http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090207/1233939873

ミンダナオ紛争のざっくりとした全体像と重要事件については、下のページが(東ティモールとの対比で)まとめています。
http://www.ops.dti.ne.jp/~heiwa/peace/report/re035-ha.html

なるほど、ハッジ・カムロンの乱において1953年にカムロンがスルー諸島を独立させようとした、とあります。そもそもスールーは、アメリカ軍も最後の方まで制圧できなかったところですよね。むしろフィリピン政府の支配下にあった期間なんてちょこっとなわけです。

というところで今日はここまで。ミンダナオに興味のある私としては、今後ともウォッチしていきたいと思っています。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中