数学する遺伝子

本のレビューというか、メモです。

今年の夏からちょこちょこと読んでいる数学シリーズ。今回は言語学ともからませた本。

「数学する遺伝子―あなたが数を使いこなし、論理的に考えられるわけ」
キース・デブリン(2007)

数学する遺伝子―あなたが数を使いこなし、論理的に考えられるわけ
キース デブリン
早川書房
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この本は、イギリスの数学者が書いた本だが、そもそもなんで俺がこの本を買ったかというと、この著者が「ストリート・マス」の論文を発表していたからだ。ストリート・マスは、状況的学習論の論文でも取り上げられていたので気になっていた。本書にも登場するが(p334)、そのカラクリは、いちいち暗算しているというよりは、状況にあわせたパターンを記憶しているということ。実は、これって言葉を話すときと同じ。言葉を話す時、人間の頭っていうのはいちいち文章を組み立てたりしないで、似たような状況のときに使った文章をアレンジして使っているだけ。

人間は機械と違って、単なる数字の暗記は苦手だ。なぜなら、数字はいろんな用途に使われすぎるから、ブロックごとに記憶し分けられない。そしてそれは数学者も同じ。数学者が違うのは、ある特定の数列から連想できるものが多いということ。たとえば、これは素数だ、とか、これはなんとかの二乗だ、とか。

本書で述べられているのは、数学するっていうのは特別なことじゃなくて、本当は言葉を話すのと似たようなものなのだ、ということ。ただ、特殊なコードを使っているので、それが何なのかを理解(暗記でなく)していなくては数学の世界に入っていけず、そのために多くの人は実際以上に難解だ、と思っているということ。数字や数式というのはそれ自体が独自のコードなので、たとえば楽譜を読むような感じで、できない人からすれば魔法を使っているようにも見えるし、それに楽譜を「読む」ということは別に言語化することじゃなく、音楽を読み取ることだ。同様に、数式からも数学が読み取れる、はずなのだ。

ちなみに、著者が言っている数学は算数とは違う。著者は数学はパターンの科学だ、と言う。ということは、日本では少なくとも中学生以上の内容が相当すると思われる。

著者の結論としては、数学は他の趣味と違って、「できたら楽しいだろうなぁ」ということ(目標地点)があらかじめ見えないために、音楽やらスポーツやらと違って初心者のうちにつまづいてしまう人が多い、というもの。「これができたらこんなに得する」という動機付けだけでは人間は限られた人しか動けない。だから、数学教育は、それ自体を楽しいと思えるようにしないと成功しない、と著者は言う。

それ自体を楽しくするということは、俺から見れば、物語モードの学びにする、ということに他ならない。たとえば「数学ガール」みたいなマンガもよし、「ガロワ」の文庫もよし。学校教科書は非常に作りがカタいので、全然おもしろくない。それを面白くしていくということが、現在のITを使った学びの特徴でもあり、今後の進む道に違いありません。

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