ヤクザと日本

今日本に住んでいると感じることはないが、途上国に住んでみると特に思うのが、政治家とヤクザは紙一重ということ。今の日本みたいに合法的な権力が実効支配しているところではヤクザはいらないのだが、ひとたび経済が衰え、社会の体制が揺らぐと、ヤクザは必要悪、というか必要になる。政府=行政が生活を守ってくれなくなるからだ。

しかし日本でも高度経済成長の頃まではヤクザの存在意義は多いにあった。頼りない政府がいるところにはヤクザの出番はある。

今年の初め頃、ふと、戦後のヤミ市について興味を持って手にとった本
「ヤミ市幻のガイドブック」松平誠(1995)

ヤミ市幻のガイドブック (ちくま新書 (040))
松平 誠
筑摩書房
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を読んで、なるほどと思った。東京大空襲後の焼け野原でヤミ市を仕切っていたのは、資本家ではなくてヤクザだった。もとより私有地だったが、土地の所有者は疎開で奥地に引っ込んでしまっていた。そこで非合法ながら庶民を飢えからなんとかしのがせたのは、ヤミ市だったという。

そういう感じで、ヤクザの存在意義を擁護する本は他にもある。
「ヤクザと日本 ―近代の無頼」宮崎学(2008)

ヤクザと日本―近代の無頼 (ちくま新書)
宮崎 学
筑摩書房
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は、本人もヤクザファミリーの一員という学者が書いた本。日本に発生したヤクザを歴史的にみて、近世ヤクザと近代ヤクザに分け、整理してみせた好著。ヤクザが切り開いた業種には、大きく分けて派遣労働と興行、すなわち相撲等の格闘技や歌や踊りの芸能界があるそうだ。ところで本書ではヤミ金が触れられていないのはなんでだろう。

著者の論じているところによれば、高度経済成長期を境に、ヤクザの存在意義はなくなってしまった。政治家はヤクザを排除する方向に転換し、それぞれの業界もそれに倣った。ここに来て、ヤクザは完全にアウトローになってしまったという。そんなわけで、もう今では、ヤクザ映画が大衆の人気を博することもない。

さて、存在意義があった頃のヤクザも、別に福祉事業者じゃないのでボランティアをしていたわけではない。古くはからゆきさんを使った遊郭経営およびブローカー業、「ザ・メモリー・オブ・ゲイシャ」で出てくる借金を背負わせて売り飛ばすような人身売買をやっているし、「金色夜叉」に出てくるサラ金、それからそれから、、と枚挙に暇がない。

ましてや存在意義のなくなったヤクザにいたっては、クスリやオレオレ詐欺はもちろんのこと、今でもアジア等からの人身売買をやっているし、メールオーダーブライド的な結婚仲介から偽装結婚仲介もある。借金を背負わせる手口では、
「派遣村 国を動かした6日間」年越し派遣村実行委員会編(2009)

派遣村 国を動かした6日間
年越し派遣村実行委員会
毎日新聞社
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によれば、「暴力飯場」なる搾取もいまだにあるそうだ(概要はこちら)。知らなかった。

この手の犯罪は古今東西を問わずあるわけなので、ヤクザは絶滅することはないでしょう。被害を減らそうと思ったら、ヤクザを一方的に悪者にするだけではだめで、経済的な安定が欠かせない。人間、余裕がなくなったら判断力もなくなりますので。。ということで、格差社会を考える上ではヤクザのこともしっかり考える必要がありそうです。

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