サンダカンまで、と在日

数ヶ月前に、山崎朋子の「サンダカン八番娼館」文庫版を読んで、そして今回は彼女の自伝を読んでみた。

「サンダカンまで わたしの生きた道」山崎朋子(2001)朝日新聞社

サンダカンまで―わたしの生きた道
山崎 朋子
朝日新聞社
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俺のこの著者の本を読むことになったきっかけを記せば、数年前に「川崎市ふれあい館」という施設で、上記自伝が新刊図書として並んでいたのを見てそれを覚えていたからだった。当時、「サンダカン」という新出単語を自分が理解できなかったことから、興味を持った。

しばらくして、フィリピンに行ってから「サンダカン」という名前をまた見かけた。スールー諸島の先の、マレーシアのサバ州にある、昔栄えていた町の名前だというのをそのとき知った。それでだと思うが、ウィキペディアかなんかで調べて従軍慰安婦関係の本を書いたフェミニストだということを知ることになった。

でも、彼女の著作を手に取るまでにはまだ距離があった。去年、たまたま沢木耕太郎のエッセイを読んでいた折、近藤紘一の「サイゴンから来た妻と娘」を引用しながらべた褒めするような文章があり、タイトルは冴えないけど読んでみるか、とちょっと思った。その後、フィリピンの困窮邦人を描いた「日本を捨てた男たち」を読んで、大宅壮一ノンフィクション賞という賞の存在を知り、近藤紘一の上記作品も、そして山崎朋子の「サンダカン八番娼館」も、同賞を受賞していたことを知った。それでようやく、古いけど読んでみるか、と決断したのだった。

たしかに両作品とも、当時の本にしては筆致が古臭くなく、今読んでもわりとストレスが少ない。その点、たとえば犬養道子の「人間の大地」なんかとは大違い。山崎朋子の方は、口癖のようだが「~としなくてはならない」という語尾は気になるけれども。

とにかくさすがに読んでよかったなと思ったし、だからこそ結局自伝まで読むことにしたのだった。

この自伝、タイトルの通り「サンダカンまで」しか書かれていないのだが、これはこれでおもしろい。特に時代毎に登場するテーマが全くというほど違って飽きさせないのは、さすが作家と思います。中盤まで読んで、ようやくなぜこの本が「ふれあい館」に置かれていたのかが理解できたのだが、実はこの本には、当時の在日韓国・朝鮮人とその周囲について知ることのできるエピソードが、自伝の重要な要素として一章を占めていたのだった。

アーティスティックな雰囲気を愛する理想主義者である筆者の、被抑圧者に対する想い入れを強くするきっかけとなったのが、彼女にとっての「在日」だったのだろうと思う。そこでは自分は彼らに溶け込めない部外者のようでいて、ステークホルダーという意味でいうならば、実は当事者そのものなのであった。

被抑圧者の問題を考える上で自分の立ち位置への考慮は欠かせないが、そのことが今ほど声高に叫ばれない当時のパラダイムに想いを寄せながら読みました。

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