博多弁再入門

実家に戻って2週間、わけあってずっと近所の障がい者施設へ修業に行っていた。で、そこでふと気づいたこと。

話されている博多弁が、俺のものともうちの両親のものとも若干違う。うちの両親はふたりとも成人をかなり過ぎてから福岡に来ており、また、俺は俺で大学以降は基本的に実家を離れていたので方言の細かい部分はけっこう忘れてしまっている。だから、11年ぶりにちゃんと聞く博多弁はわりと新鮮だった。

と、いうわけで、博多弁再入門。

今回は文法の中で2点取り上げる。

1) 「できる」を表す「~(し)きる」
博多弁では、標準日本語と違って、スペイン語やタガログ語みたいに「できる」の用法がふたつある。
すなわち、状況的にできるのと、能力的にできるのとを区別する。

「~しきる」という表現は、そのうち、能力的にできる場合に使われる。たとえば「泳ぎきる」は、能力的に泳げることを表している。

お気づきの通り、標準日本語では「~しきる」というと「し遂げる」という意味があるが、これは博多弁でも同様の意味で使われる。すなわち、意味が2つあるので文脈で判断しなければならない。

2) もうひとつの命令形
標準日本語で命令形といえば「~しろ」のような形だが、博多弁では「~なさい」の語幹(=ます形)を使って命令形を作ることが多い。ただ、語尾は伸ばす。

たとえば、「買う」なら「買いー」、「する」なら「しー」、「来る」なら「きー」、という具合。
例外としては、下一段活用の動詞は最後に「りー」をつける。たとえば、「食べる」が「たべりー」、「そろえる」が「そろえりー」。

(追記)例外は他にもいくつかあり、「見る」が「みりー」になる等、上一段でも「り」をつけることがある。

この命令形は、実際のところ大人同士の会話ではあまり出てくるタイミングがない。だからだと思うが、うちの両親はこの命令形は使わない。

(博多弁、参考リンク)http://homepage3.nifty.com/mistaker7/bunpo01.htm

ところで、博多弁といえば、おもしろい活動がある。「博多にわか」という伝統的ダジャレのショーみたいなものなのだが、気取らない中にもちょっとルールがあって、ダジャレは博多弁でやらなければならない。ということは、言ってみれば博多弁の保存運動みたいな側面もかなり強いわけで、その上おもしろいので、これはぜひ続けていくべき伝統文化だと思う。他の地域の方言にもこういった活動があるんだろうか?

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