エスペラントの向かう先

旅の振り返りシリーズ。何回かに分けて書きます。

今回の旅では、メキシコのエスペラント話者と会って、集まりを開いてもらったり、泊めてもらったり、町を案内してもらったりした。みんな、メキシコに来るまでは連絡したこともなかったような人たちで、これからまた会う機会があるのかすらわからないが、最近はフェイスブックもあるので頻度はともかくとして連絡は続けるだろう。

知らない土地への旅行を充実させるために利用するエスペラントというのは、本来の使途の想定とは多少違うのかもしれないが、現代的には最も有用な使い方だと思う。ところで、ほとんど同じようにカウチサーフィンも利用したのだが、両方とも長所があり、タイプの違うテーマ・コミュニティを行き来できるというのはいい時代だと再認識した。

エスペラントを話しながら、久しぶりに「なぜエスペラントか」を考えた。エスペラントがどこへ向かっていくのか、行くべきなのか、将来性はあるのか、なんかを自分なりに考えた。

エスペラントは、英語にとって替わるような言語にならないのは明らかと思われる。俺はこれからの世界で中国語が覇権言語になるとも思わないし、フランス語もスペイン語も無理だろう。英語は既にシェアをとっているし、成長著しいアジアの共通語も英語なんだから将来的にも安泰だ。だがエスペラントは20世紀に英語(=アメリカ)の覇権へのオルタナティブとして自身を主張してきたのだから、この論理を貫くならば、逆説的だが、英語が栄える限り衰えない。現に、エスペラントが比較的多く学ばれている国は、アメリカに対抗意識を燃やしている国である(EU諸国、中国、日本、韓国、ベトナム、キューバ等、+アメリカ人の左派)。

ということは、エスペラントは現状の鳴かず飛ばずな状態を今後も続けていくことになる。

そうだとすれば、エスペラントを学ぶ意義というのは、現在あるようなエスペラントのコミュニティに参加できる、ということに尽きると思われる。というのは、平たく言えば言語とオルタナティブな世界に関心を持つ人の一部による世界的なネットワークである。言語学者にとってはそういうネットワークは特に魅力的かもしれない。

それ以外の人は関わらない方がいいと思う。まあ、そんなことを敢えて言う必要もないんだろうが。

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