リフレクティブ・マネジャー

「リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する」(2009)中原淳、金井壽宏 (光文社新書)

リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する (光文社新書)
中原 淳 金井 壽宏
光文社
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教育学としての学習を研究している人たちで、かつラーニングウェブの発想にもかなり近い学校外での「成人の学び」をテーマにしている、学者先生たちの本。前から興味を持っていて、再び日本を離れる前に読んでおきたかったもののひとつ。

タイトルのうちリフレクティブというのは基本的にドナルド・ショーンのそれ(リフレクション)で、訳語に「内省」を使ってそれを副題にも入っている。ただ、本書で扱っている内容はそればっかりではない。ミドル層までの職場での学びが守備範囲なのであって、マネージャーだけの話ではない。

さて、感想。俺的には「教育」というものの概念はいわゆる「職場教育」とは根本的に異なると考えているので、部分的には賛同できてもピッタリというわけにはいかない。そのことは、本書のあとがきでも触れられている。

本書を通じて、「教育」=「訓練」と読めてしまうが、つまるところ本書での教育というのは職業訓練ではないだろうか。とすると、職場でなされる「教育」というものが銀行型だろうが課題提起型だろうが、訓練の方法論でしかない。たとえそれがインフォーマルな形でなされようとも、職場の中で通用する能力開発に関わる形でしか評価されないし、できない。

それって、フレイレの「被抑圧者の教育学」とは根本的に違う。どうも、引用は上澄みだけを拾っているように見える。

俺にとっては、「教育」とは「知識の伝達」ではなく、「人間性の解放」だと考える。なんというか、人道主義に向かっていかなければ意味がないというか。古くさいと言われるだろうか、でも、フレイレの教育学も、イリイチの社会批判も、もっと言えばデューイの哲学も、そこに向かっていたと思う。そして、メインストリームの教育学はいまだにそんな風になっていない。

端的に言うと「生きる」ことを支援する、ということが教育なんだと思う。そういう意味では、職場で知的な刺激に満ちた充実した仕事人生を歩むというのは、自己効力感も得られて、わりあ人間的(人道主義的という意味で)なんだと思う。でも、そこまでじゃないのかな。ベースにしている働き方自体が人間的かどうかという疑問が残る。

軍国主義の時代には軍隊を効率良く動かす研究がされていたが、それの現代版として仕事を舞台とした経営学の研究がされているとしたら、最初から限界はわかっているようなものだ。人道主義的な教育には部分的には貢献するだろうが、持続可能な組織や社会の研究抜きには進んでいかないんじゃないかという気が、強くする。やっぱり俺ってラディカルかな。

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