この道のむこうに

ここのところ、久々の実家でリラックス中。地元の親友に会った以外はあまり人とも会わず、基本的に家でじっとしてます。

来月のJICAのテスト向けに何年かぶりにピアノを弾いて準備したり、実家に置いておいた「はず」の荷物をひっぱり出そうとしてみたり(さながらタイムカプセルのようです)、ここぞとばかりにcouchsurfingからのゲストを迎えてみたり(「おもてなし」は皆無ですが)、実家暮らしはけっこう充実してます。

荷物を整理していると、今みるとどう考えてもゴミでしかないものが大事にとってあったりする。そういえば、旅行を始める前までは何事も捨てられない性格だったな、とか思い出します。ここぞとばかりに大掃除を試みて、けっこうやっつけました。

ここ数年は、基本的にデータで写真とかなんたらを保存しているのでそういう荷物はほとんど増えていない。フィリピンから帰ってくる時も、紙ベースのものは一気にスキャンしてデジタル化したし、多少ともかさばるものは楽器以外持っていないようなものです。

一方で、マニラにいたとき、ときどきアマゾンをチェックして、ほしい本が中古で安く出ていたら購入して実家に送らせていた。が、1~2年も経つと何の本を買っていたか全然覚えていなくて、包を開ける度に「何が出てくるんだろう」と、いろんな人にクリスマスプレゼントでももらっているかのような気分でした。いわば、これも一種のタイムカプセルだね。でも、ことごとく自分にフィットした本ばかりなんだから、これはかなり楽しかった。

たとえばこんな本:

 「スータンを縫いながら―日本占領期を生きたフィリピン女性の回想」ペラジア・V・ソリヴェン(2005=2007)
 原題:”A Woman So Valiant”: Pelagia Villaflor Soliven

 「最底辺 Ganz unten―トルコ人に変身して見た祖国・西ドイツ」ギュンター ヴァルラフ(1985=1987)
 原題: “Ganz unten”: Günter Wallraff

 「外国人問題弁護ノート」石田 武臣, 三木 恵美子, 近藤 博徳, 梓沢 和幸(1999)

全部を東京に持って帰ってくる気にもなれないので、一部はこちらで消化してしまうことにする。東京にも本はたまっているし。

そこでまず読んだのが、

 「この道のむこうに」フランシスコ・ヒメネス(1997=2003)
 原題:”The Circuit: Stories from the Life of a Migrant Child”: Francisco Jimenez

メキシコから4歳でカリフォルニアへ密入国した筆者の少年時代の回想録。この方、現在はアメリカ国籍を取得して大学教授なんだそうです。
この本、字も大きくて内容も少年向けで読みやすいというか、そういうジャンルの本なんでしょうね。ハリーポッター層と同年代ぐらいの子ども向けの本、これって何ていうジャンルなんでしょうか。童話でもないし。

さておき、この本には続編があって、それはまだ翻訳されていないそう。内容がシンプルなのはわかっているので、英語で読んでみてもいいかな。
ちなみにタイトルはそれぞれ、”Breaking Through”、”Reaching Out”のよう。

読後の感想。真面目な子どもとそうでない子どもの違いっていうのは、 単純作業をしながらも同時にノートから単語を覚えたりするかどうかっていうことなのかな、と思いました。そういう習慣は外側から動機づけるのは難しい。しかし彼は、誰に教わるわけでもなく自分でその方法を編み出していったが、結果的には、内側から出てきた習慣ほど強いものはない。そういう「教育」って、どうやったらできるんだろうな、とか思いました。

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