シンガポール研究

日本ってアジアの一国なのにもかかわらず、そういう意識って全然少ないと思う。とはいえ、前よりはずいぶん改善されてきている。冬のソナタの流行る前なんてそれはひどいものだった、と今振り返ってみて思う。

なんといっても、外国語としてアジアの言葉を勉強しよう、という機運が高まってきた。ちょうど、エリート層の間にも中国語熱が高まり始めたタイミングだったので、韓国語、中国語を習うということは、珍しいことではなくなった。

にもかかわらず、義務教育では相変わらず日本が第二次世界大戦の時にどこを植民地支配していたかすら教えない。支配されていた側からすれば、侮辱だろうと思うし、知らずにアジア旅行に行って恥ずかしい思いをする若い日本人もかわいそう。

シンガポールもそんな国のひとつ。

この国について、俺もこれまでずっとよく知らなかった。なので、調べてみました。

まず、なんといってもリー・クアンユー。開発独裁を成功に導いた世界で数少ない国家指導者で、かつ現在も生き残っている伝説。キューバのカストロ並みの伝説と思います。

実はこの人、英語とマレー語で育ったらしい。中国語は大学以降に習得したんだとか。学習の回想記録は英語で”Keeping My Mandarin Alive”として出版されているらしい。和訳はないそうなので、英語で入手して読んでみようかな。

さて、てっきりシンガポールって、マレーシアから独立したんだと思っていたけど、実態はマレーシアに追放されたんだそうで。今の繁栄ぶりからはイメージできないです。そのときのエピソードがおもしろく綴ってあるウェブサイトがあったので紹介しておきます。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/malaya.html

「大マレーシア構想」、「大インドネシア構想」それから、「マフィリンド構想」と、マレー系の人がいる国では当時色々と考えたようです。マフィリンドって、なんかと思ったらマレーシア・フィリピン・インドネシアをくっつけただけなんだね。60, 70年代は、今となってはすっかり影をひそめた共産主義や労働組合運動が大流行していた時代で、俺にはなんだか過去のもの過ぎて、歴史的な興味があります。っていうか、思想のトレンドって数十年ですっかり様変わりするんですね。。この調子だと数十年先はどうなっているんだろう、という気がします。

さてさて、独立することになったシンガポールでは、新たに「シンガポール国民」を作らなければなりませんでした。その過程を調べているのが下記。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/9613/yomimono/singaporepress.html

これこそ「多文化共生」っていうことなんじゃないでしょうか。興味深いです。

で、ここからは全く別の話ですが、上記でURLを貼っている「世界飛び地領土研究会」のサイトですが、俺は大好きです。実はこれって、今、さいたま市議会議員をやっている吉田一郎の個人プロジェクトのようです。どんな人なんだろうと思って読んでみると、かなりユニークですね。大宮市を復活させようとしていて、無所属ながら票も集めている。おもしろいですねー。アスキーのインタビュー記事もおもしろかったです(参照)。

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