裁判員裁判を傍聴してみる

今日は久々に平日に非番だったので、こういう時にしかできないことをしてみた。

 

今回で2回目となる裁判の傍聴。裁判員制度が始まってからは初めてだ。

 

 

午前中、まずはウォーミングアップでもないけど、交通事故の事件を見に行った。飲酒運転で衝突事故。幸い死者は出ていないので、初犯だったこともあり執行猶予付きでおさまった。

 

交通事故というのは運転している限り可能性として誰でも持っていて、だからこそ傍聴は価値がある。「交通法規の理解が足りないんじゃないですか?」と言われれば、事故を起こした以上ひたすら謝るしかない被告に対して、それなりに感情移入もできる。

 

 

ところが裁判員裁判である午後の事件の場合はそうはいかない。見知らぬ人の家に侵入してレイプしておいて、被告はPTSDなので責任能力がない、などという主張はちょっとムシがよすぎるだろう。。というか、責任能力がないんだったらなおさらそんな人間をうろうろさせておくわけにはいかないでしょう、と思ってしまう。それはやはり被害者に感情移入してしまうからだ。

 

裁判所というのはなかなか人を窮屈な思考に押し込めてしまう場所だと思う。ここから創造的な発想はなかなか生まれてこないだろう。司法というのはそんなものだと思った。

 

裁判官になったつもりで物事を考えてみると「なんでそんなことやっちゃうの?」ということばかり。酒なんか飲まなかったら飲酒運転なんかしなくてすんだのに、とか、飲んだなら乗らなきゃいいのに、とか、もっと言えば、「考え甘いよ」と。これに尽きる。そんなことするやつがいるから社会はよくならないんだ、とつい思ってしまう。

 

レイプ事件にしたって、この被告の彼女は実は自分も同じようにレイプ行為をされておきながら、なぜかその後に被告とデキてしまうという不思議キャラ、というか変態か。おまえが許すから、被告が調子に乗って同じ行為を繰り返すんじゃないか。

 

とまあ、絶対に自分はこんな風にはなりたくない、という思いが傍聴している間に強くなるので、たぶん裁判所によく通うと、人は犯罪を犯さなくなると思います。そんな意味でも、おすすめの場所です。

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