TOKYO外国人裁判

読書が趣味です。んでもって、ノンフィクションが好き。

「TOKYO外国人裁判」高橋秀実(1992)平凡社

本全体に、物書きってなんでいつもこうなの、っていう独善的な気分があるけど、でも扱っているテーマは面白い。
物語は、とある不法滞在フィリピン人の刑事裁判に沿って進んでいきます。俺的には、フィリピンのことがある程度わかるようになった今だから、一般読者や筆者とは別の見方ができるんじゃないかと思った。

トピックとしては、特に、法廷通訳の問題に触れているところが興味深かったです。

本書で指摘されているように、法廷通訳というのは、落とし穴のひとつです。

容疑者の権利として、通訳を付けることができる、というのがあるんですが、そもそも何百もある言語の法廷通訳を確保できるわけがないので、これは原理的に無理があること。それで妥協として、「だいたい日本語(もしくは英語)わかるから日本語(英語)でいっか。」となり、それがだんだんエスカレートして、「はい、いいえが言えるんだから、取り調べは日本語で十分」という方向にいってしまう余地がある。

仮に母国語の通訳が見つかったとしても、国によっては必ずしも母国語が母語でない場合もある。たとえば、在日韓国人で韓国語ができない人だっていっぱいいるわけだから、もし第3国で彼が捕まって、韓国語の通訳とか連れてこられたらどうなるか。同様なことが起こりうるのは、考えればわかりそうなものである。

さて、幸運にも母語の法廷通訳がいるとする。と、今度は層の薄さの問題に直面する。そもそも、法廷通訳を専従の職業としてやっていける人は基本的にいないと考えた方がいい。主婦(夫)で、法廷通訳以外に何も仕事をしていない人はいるだろうけど。

そして、法廷通訳になるには、実は試験などない。以下を参照。

http://homepage3.nifty.com/happydenden/interpre.htm

ようは、システム自体が問題。

ある程度小さな国家を目指しているからしょうがない、ということなのか。それとも単に関心がないだけなのか。実際、本当に困るのは容疑者である外国人だけなのだから。

おそらく、外国人参政権が与えられて一番影響がある分野のひとつは、法廷通訳だと思う。

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