アジアの手話言語学

フィリピン以来、手話が気になる俺は、東大での国際シンポジウムに参加してきました。だって入場無料だったから。

問題意識のきっかけは、大学生のときに教職の実習で行ったろう学校。てっきり手話で授業をやっていると思っていた俺は、そこでろう教育の一端に触れました。

それから数年後、第二言語習得の本を読んでいるときに、ろうバイリンガリズムについての論文を読みました。少数言語について興味を持っていた俺は、手話もそのうちのひとつなんだ、と認識しました。興味深い、と思いました。

それで、フィリピンで実際に手話をやることになったわけです。そうしたら意外にも、当地ではアメリカ手話が席巻しているということがわかりました。良くも悪くも。実際に習ってみると、アメリカ手話は英語にかなり似ていることがわかりました。おそらく、アメリカ手話はかなり人工的に修正された結果なのでは、というのが今の俺の仮説です。

さてさて、シンポジウムでは香港の研究者も交えて発表が行われました。香港人だったのかはわかりませんが、非常にきれいな英語でした。手話言語学というものが、どんな感じなのかちょっとわかった気がするのと、フィリピン以外のアジアの手話について情報をもらいました。興味深いです。

ところで、ろう教育においては世界的に、読心術や、スピーチセラピーに重点が置かれてきました。趣旨としては、残っている聴力をもとに最大限育てよう、という発想です。この背景には、マジョリティの聴者社会で生き残るために、というのが前提にあります。

この方法は、聴力が一定程度ある人には有効なのでしょうが、生まれつきほとんど聞こえない人には、かなり厳しいそうです。いや、それでも少しでも進歩はある、と、知的障がいのある子どもの教育と同じように考えることも可能で、たしかにそれはその通りでしょうが、現在はこの方法は否定されています。なぜなら、早いうちに手話という別の言語を習得することで、認知・思考能力ははるかに高まるからです。「手話を第一言語、音声言語を第二言語に」、というのが、ろうバイリンガリズムの考え方だそうです。

にもかかわらず、日本のろう学校では新しい方法にシフトすることはできません。学校だから、といえばそれまでですが、ちょうど英語教育が訳読法から抜けられないのと同じように、または外国人の生徒に対してその母語を「外国語」の科目(学校の英語の時間は、実は外国語の時間として指定されているにすぎず、必ずしも英語をやる必要はありません)で履修しているように扱うことができないのと同じように、対応できていません。

このねじれというか、よじれ具合が、俺の問題意識にぴったりハマるわけです。ようするに、どちらも文科省によって抑圧されている少数言語話者なわけです。

ところで日本手話に関しては、今回の地震での手話通訳に見られるように、公的な言語としての扱いが認められてきています。日本由来の少数言語なのだから、本当は、公用語のひとつとして認めるぐらいの意識が必要なのではと俺は思いますが、とりあえずはかなりの進歩です。

最後に、上記に関連して、今日のシンポジウムのハンドアウトの一部を引用します。

手話言語学が大きく発展したことにより、2010年の世界ろう教育国際会議において、ろう教育の中でろう者が手話とろう教師に出会う機会を130年にわかって奪ってきたことについて、デフ・コミュニティへ公的な謝罪がなされた。

時代は変わってきています。人種差別、男女差別が認められないようになって、逆に同性愛や事実婚が認められるようになって、ターミナルケアの在り方も見直されて、手話とろう文化が認められるようになってきています。最近は成人の重国籍だってかなり認められるようになってきているんですよ。

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