そもそも、日本で原発ができたのはどうして?

フィリピンから原発危機を見守っているが、俺はテレビを見ないというのもあり、今のところ暗いムードの影響はあまり受けていない。

今回の危機に直面して、いろんな意見があるようだ。まず、原発はいるのか、ということ。世の中の必要悪の代表選手みたいな存在だった原発が、ヱヴァンゲリヲンかゴジラかよくわからんような暴れ方をした現在、この前提自体が変わる可能性はまだあると俺は思う。

こんな大問題になってしまう前に制御できなかったのは東電の問題だが、逆にここまでの程度に制御できてしまったのも東電の力というべきなんだろう。ようは、解釈の問題ではある。

東京都知事選では石原がまた通ってしまったが、これと原発問題は関連するだろうか。

生協派のような人たちは、暮らしの中での電力使用を見直そう、的な意見を言っているが、これは全体的な話というよりは、個人レベルでの倫理的生き方の実践、のようなニュアンスが強いと感じる。影響力の高いセクターが動かないと全体は変わらないわけで、エネルギー源を切り替える方向で動いていくためには政治の勢力図を変えなくてはならない。

ということで、政治の問題を学習する必要があるようだ。というと難しく考えがちだが、学習のための疑問は、素朴なレベルから始めるべきだ、と思う。俺にとっては、原爆を世界で唯一経験した日本が、なぜ原発を持っているのか、というのがそもそも不思議だった。

池田信夫blogの「原子力利権と電波利権」には、当時の様子がなんとなくわかるように書いてある。
キーワードのひとつは、正力松太郎だという。なるほど。。
 
なんとなく入り口はつかめた気がするので、ここから先はまた気が向いたときにでも勉強しよう。戦後政治史は、たぶん戦前戦中の歴史でも勉強するような感覚で取り組めば、まだおもしろいだろうと思う。ただ、今はまだ俺にはモチベーションが足りないかな。

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