「放射能漏れ」のチェーンメール

本日、フィリピンでは「放射能が午後4時に日本から飛来する。室内に待機すること」というようなチェーンメールが出まわっていた。俺のところにも、大手銀行に勤めるフィリピン人の友人から回ってきた。中年なのに、子どもも何人もいる人なのに、こんなウワサをすっかり信じてしまっている。。多少絶句。フィリピン人のウワサに依存せざるを得ない状況を再認識。

さて、日本の新聞メディアを見る限り、今ほど戦後日本がまとまっている瞬間はないと思う。新聞は、各国メディアが一般日本人の危機への態度を絶賛する様子を紹介し、ナショナリズムを鼓舞する。それを読む日本人はさらに意識して振舞うようになるだろう。周囲の期待が行動に影響する「ピグマリオン効果」を狙った報道作戦といえる。それ自体はまあいいことだと思う。

津波の被害は天災で、ある程度防ぎようがなかったにしても、それに続く原発危機は明らかに人災である。世界で原爆被害を唯一受けた国が、なぜまた原発危機の舞台にならなければならないのか。若い世代としては理解に苦しい。

ここまでの経過を見ていると、もし沈静化に成功したとしても今後の原発縮小は必至。こんな状況に陥った後では、少なくとも20年ぐらいは、どの政治家も原発推進など口にできないだろう。逆を言うと、ここまでにならないと既存の方向性を変えられないのが民主主義なんだろう。特に原発は、縮小していくにしても廃棄物処理の関係でかなりの時間がかかると聞く。

一方で、「人災のなさ」という側面もクローズアップされる。たとえば、建物の頑丈さ。まだ報道がないだけかもしれないけど、ビル崩壊とかは聞かない。実は道路の分断も聞かないので、そういうタイプの地震ではなかった、ということなのかも知れないが。

なんといっても「人災のなさ」で評価されるべきは、やはり事後対応である。東電の計画停電は混乱しているにしても、民間大企業の対応は称賛されてもよいのではないだろうか。

気になるのは被災現地の自治体などで作る危機対応体制だが、田舎の自治体職員にとって人間のキャパシティに対する試練を課しているような状況なのだから、基本的には「底力」に頼るしかない現状。その上で、危機対応にかかわる事前準備としてのシステム的な整備を、神戸と新潟に学んでどれだけやっていたのかが問われる。この点はこれからモニターされるべきだと思う。

ところで俺も含めて、刻一刻と変わる状況を知りたい、という欲求にかられてつい最新ニュースを追い求めてしまいがちだが、そういう行動自体、気持ちにあまりよい影響を与えない。客観的に見れば、一日中ミクシィをやってしまっているようなものである。ニュースをチェックする時間は、思い切って1日2回なり3回なりに限定してしまった方がよいように思える。

日本にいる人も、テレビなど見過ぎないようにした方がいいと思います。なるべく普段通りのルーティーン活動を続けて、あらかじめ決めたタイミングでニュースを確認していくようにしないと、これから精神的に参ってきますよ。なにしろ、危機的状況はまだまだ続くわけですからね。。

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