日本の人身売買

「雪国」から始まった俺の研究ですが、「SAYURI」に出てきた芸者の奉公を経由して、ついに日本における人身売買の歴史の方に進んでいきました。

読んだのはこれ。

「人身売買」牧英正(1971)岩波新書

実に40年前に書かれた本ですが、労作です。内容的には40年後の今、ますます研究が進んでいるんだろうと想像しますが、入門にはこれで十分。特に、法学からのアプローチで見ているところが今の俺の興味にもぴったりはまりました。こんな本が100円で買えちゃうんだから、日本というのは知的な刺激があっていい国だとつくづく思います。

さて、この本を読んでわかるのは、まず歴史的に人身売買は奴隷制と深い関わりがあるということ。そして奴隷は侵略から生まれてきた。

それから奴隷は身分として固定され、被差別階級を形成してきた。そこまでは洋の東西を問わないのだけれど、おもしろいのはここから。奴隷の扱いは、国によってずいぶん違っていたようだ、というところ。

西洋では、基本的に奴隷というのは家畜同様、完全に物として扱われた。 しかし、日本では奴隷を養子にするようなことも起こり得た。

なぜなら借金のかたに子や妻を売るという習慣があったからだという。人権のない時代とはいえ、子はまだしも、妻を売ってしまうというのは現代社会から見るとかなりアンビリーバブルな発想だと思う。そして、それは貧民なら誰にでも起こり得たという。

さらに、良民と奴隷との混血の子供の扱いでは、男子を父の身分につけ女子を母の身分につけるようになっていて、子供は良民になり得た。このことからもわかるように、良民と奴隷の境目は相当に曖昧だった。

もっと時代が進むと、10年限定で貸す、とかいう契約も行われるようになった。その代わりに前借金をするわけだ。ここに労働法の基本精神がようやく理解されるのだけれど、こういう経緯を見ると、なるほど労働というのは時間を決めて自由を誰かに売り渡すということなんだな、ということがよくわかる。上のような極端なケースでは、お金の貸主は、かたにとった人間をどのように使おうとも構わない。あたかも、かたにとった土地や建物を誰かに貸して家賃収入を得るかのごとく、たとえばその人に売春をさせたりして稼いでいたというわけだ。

そして今度は子供の売買。芸者だけではないが、小さいうちに子供を買って教育を施し、一生それをさせるというような奉公のスタイルが確立された。「SAYURI」に出てきたのもこれだった。人権のない時代、子供は親の所有物で、どう処分しようが勝手だったわけだ。原始的のようだが、よく考えてみればこの要素は現在でも一部が私たちの社会に残っている。他人ごとではない。

本書では触れられていないが、この伝統の上に現れた売春の構造が、第二時世界大戦中の従軍慰安婦を生み出した原因となっている。このあたりは「従軍慰安婦」という新書があるのでそれを参照されたい。そこで詳述されている事柄のうち、軍の、特に上の層の人たちが人身売買や売春についてどう考えていたのかを知る手がかりも、日本における人身売買の歴史の中にあると思った。

日本の学校では当然ながら絶対に教えないことだけど、これは大事なこと。学校教育では、「奴隷」という概念はローマ帝国や黒人奴隷貿易で出てくるものの、日本での奴隷については農奴とかいうな名前だけで中身にはほぼ全く触れられないし、そもそも上記それぞれにおける奴隷の扱われ方の違いなんて無視されている。中世の世界では奴隷は相当重要だったことを考慮すると、もっと奴隷について語られてよいと思う。

また、人を売り買いするのはどの社会にも普遍的に見られる現象で、ようやく現代になって、これをなんとか禁止しようと動いている。しかしなかなかなくならない。そこら辺は戦争と同じですね。

そして、現代では子供の売買が一番メディアに登場する機会が多いが、問題は子供に限ったことではないということ。さらに、労働と、隷属的支配との関係についてもよく考える機会があるべきだと思った。近代的な労働形態ではなおさらだ。

これから労働法を学んでいくにあたって、思わぬ収穫を手にして嬉しくなってしまいました。

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