点字の世界

不思議なもので、日本にいたときには全然興味がなかったことに、フィリピンに来てから興味が湧いてきたりします。

なんか知らんけど、ようやく最近になって「障がい」に興味が出てきました。

おそらく理由のひとつは、日常生活において「違い」を相当に意識しているからだと思う。フィリピンでは言葉や習慣がわからないことからハンディを感じる場面も多く(逆に外国人だから、特に先進国出身だから有利な点もいっぱいあるんですが)、広義の障がい者だな、と思ったりもします。

広い意味で捉えれば、老人はもちろん子どもや、女性の中でも特に妊婦、さらに子連れでうろうろしている人だってハンディを抱えていると言えるわけで、もっと広く言えば重い荷物を持っている人、目や足をケガした人、酔っ払いや具合の悪い人も一時的に障がい者になっていると言えます。

一方、「違い」といえば、俺がときどき接する低学歴・低所得層の人たちは、明らかに別の文化の中に生きている。そこまで行かなくても、職場のフィリピン人だって日本的な常識が通用しない面が多く(ホウレンソウとか、効率の追求とか)、かなり差があると感じます。そうやって、違いに敏感になっている自分を発見するわけです。

もっといえば、自分が親になったとして、または教師になったとして、障がい者の子どもと接する可能性はけっこうありそう。自分自身が障がい者になる可能性というのは真剣に考えたことはないけど、上記を総合的に見てみると、まあ他人事ではないな、と思います。

さて、今日はふと思いついて点字について調べてみました。手話と同じように独自の世界があるのかなぁ、と。結論を言うと、あるようです。

点字というのは言語ではなく表記法で、使う言葉によってコードは違うそう。ただし、ベースとなる方法はフランスで誕生した方法(六点点字)が世界で採用されているとのこと。そして、手話と違うのは、方式は完全に人工的に編み出されたもので、暗号的。ハングルみたいなもんと思われます。
 
覚えるべき羅列はアルファベットの場合は26字++、日本語の場合はかな文字と同じで50字ほど。それに加えて、数字を10字ほど覚える必要があるらしい。ちなみに、手で字を読み取ることを触読と呼ぶようですが、これは相当難しいっぽい。表記の規則を覚えて書けるようになっても、読むのは容易にはできないそうです。

ざっと説明を読んでみて、あくまで代替的な表記法という要素が強く、独自の文化として発信していくのは難しいと思われました。ということは、逆に言えばまだまだ発展途上ということ。今後、テクノロジーの進展とともに別の形態に移行する可能性はけっこうあると感じました。

どういう風に変わるのかはよくわかりませんが、以下がヒントになると思っています。

世の中の言葉が、
1)話し言葉が文字言語化し、かつ
2)書き言葉が口語化している
 1)は、政治家の答弁みたいに発話が記録される場合に起こっていることで、昨今の録音ツールの普及によって加速していると思われます。テレビの字幕なんかでもそう。文字化される場合にノンバーバルな表現がすべて削ぎ落とされるので、それに対応した話し方になっています。

2)は、逆にチャットや携帯メールのように、書き言葉にもかかわらず口語になっています。顔文字や、略字、それからマンガ的な効果音みたいな表記法まで、新しい表現方法がどんどん増えています。さらに、2ちゃんねるに代表されるチャット用の言語(若者言葉のような)まで生み出されていて、これからもどんどん進化していくと思われます。

で、こういう流れに乗って、盲人向けのもっと便利なツールも出現すると思うんですよね。もちろん、2)ではないので1)に近い何かなんだと思います。必要は発明の母。ニーズはあるので、何かおもしろい発明があればきっと広がると思います。

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